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可視化されたデマナメクジ

私の妻はイボ道場についての批判を公にしたことはありません。

その妻に対し、イボ道場の御大将であるイボナメクジが悪質なイメージ操作をして中傷したのは何故なのでしょうか?

それは私がAmebaブログにて道場界隈及びイボナメクジ大明神を批判したからなのでしょうか?
それ以外に理由が見つかりませんので、そうなのでしょう。

イボナメクジを批判しているのは私個人であって私の妻ではありません。
しかし、自称天才のイボナメクジは批判者の身内を撃てとばかりに私の妻に対して最低最悪のデマを流し中傷してきたのです。

身内を人質にすれば、自分に対する批判をやめるとでも思ったのでしょうか。
ナメてもらっちゃ困ります。
やめるわきゃありません。
むしろ、自らの心に「ガンガンいこうぜ」と命令を下します。
私の愛する妻を侮辱されて黙っていられるわけがありません。
「てめーはおれを怒らせた」ってやつです。
そうなったらイボナメクジが出来ることは半泣きになりながら、「もしかしてオラオラですかーっ!?」と絶叫するぐらいしかありません。

そもそも公の場で社会批評をしている人はその批評もまた批評されることを受け入れなければならないのではないでしょうか。
エスパー魔美のお父さんもそんなことを言っていたような気がします。

自らの意見への批判に対して気に入らなければ反論するなり罵倒するなりすれば良いと思います。
シカトぶっカマすのだってアリでしょう。
しかしイボナメクジはそうではなく、批判者の身内に対してデマを流して中傷するのです。
さすがは公論大先生です。
卑怯と卑劣が板についています。


私はそんな卑怯者の代表選手であるイボナメクジをかつては支持しておりました。
イボナメクジの著作を熟読し、イボナメクジが主催する道場にも参加したことがあります。
まさに黒歴史です。

そのことについて、「かつては熱狂的に支持していたくせに手のひら返しをするのは間違っている」などと愚かなことを言う人が僅かながらいるらしいのですが、一度支持したものは一切撤回出来ず支持し続けなければならないなんてそんな馬鹿な話はありません。
考え方の変化によって、支持するものが変わるのは自然なことです。
それを進化と見るのか退化と見るのかはそれぞれの立場、立ち位置によって違うでしょうが、立場を固定化することはカルト化することと同義でしょう。


たとえば、イボナメクジ率いる道場とて、かつては安倍晋三をゴリ推ししていたではないですか。
稲田朋美などは期待する政治家ランキング1位として持て囃し、次期首相候補とまで持ち上げていた筈です。
安倍晋三も稲田朋美も当時から何一つ変わっておりません。彼らの政治信条は一貫しており、一切変節していないのです。
にも関わらず、イボナメクジ率いるイボ道場は彼らを一方的に敵視して罵詈雑言を浴びせかけていました。

それについて、私は異議申し立てしたいわけではありません。
むしろ、その逆で、自分たちの間違いに気づいたのならば、それまで支持していた誤りを反省する意味でも批判の急先鋒に立つべきだと思います。

それは私が今、イボナメクジ率いるイボ道場に対している態度と同じです。

それとも政治家と物書きを同列に扱うのは間違っているのでしょうか?
政治家ならばいくら批判しても良いが、物書きの放言は甘受せねばならないなんて無体な言い分はありません。

公に向かって政治発言をした者は有名無名問わず、匿名実名関係なく、発信した内容が評価の対象になるのは当たり前の話なのではないでしょうか。
たとえ、マンガ家だろうと美容整形外科医だろうとテレビの放送作家だろうと上方のお笑い芸人だろうと同じです。
世の中にとって害悪である発言をした者は政治家だろうがマンガ家だろうが同じく非難に晒されるのは当然です。

どんなに社会への影響が少ない奴のヘイトスピーチでもヘイトスピーチはヘイトスピーチです。
そんなカスの妄言などは放っておいても大事ないなどと高を括っていると、知らぬ間に在特会の連中や女性専用車両反対運動の連中のように迷惑な存在がゴキブリのように増殖してしまいます。
だから見つけ次第、叩き潰してゆかねばならないのです。

だから私はイボナメクジを批判するのです。
かつて支持した者の責任として小さな声ながら批判の声をあげるのです。



そもそも私はイボナメクジの何が良くて彼の言論活動を支持していたのでしょうか。

それはやはり威勢良く核心を突いて断言する豪快さが面白かったからでしょう。
時には「そりゃないわ〜」などとツッコミを入れつつも多少のデタラメさも許容範囲として楽しめていました。
たとえムチャクチャな言い分であったとしても、覚悟と責任を持って発言していると思っていたからこそ、彼の主義主張を「概ね同意する」という意味で全肯定していましたし、おそらくほとんどの彼の愛読者はそう考えているだろうと思っていました。

インターネットというツールは便利ですが、使い方次第ではとんだ落とし穴にはまってしまい抜け出せなくなるから注意が肝要だと心の底から思います。
特にインターネットによる可視化は良いことばかりではありません。
見る必要がないもの、見せる必要がないものまで見えてしまうのです。
まさにイボナメクジはこの可視化によってイボナメクジと化してしまったといってよいでしょう。

イボナメクジの活動を振り返ってみると、明らかにネット前とネット後で見せ方と見られ方が変容してしまったと思います。
ネットを利用することにより、読者へ直接メッセージを伝えることが出来るのが必ずしも良い結果を出すとは限りませんし、実際にイボナメクジについては最悪の結果を招いてしまいました。

当初はネットへの警戒感から遠慮気味に発信していたのが、いつの頃からかタガが外れ、考えなしの感情を脊髄反射的に発露するようになり、以前は「そりゃないわ〜」とツッコミを入れることで笑って済ませていたムチャクチャな部分のみが肥大化してゆき、もはや手の施しようがないヘイトモンスターイボナメクジへと変態してしまったのです。


ともあれ可視化されたことで、イボナメクジやイボの同調者のヤバさに気付きやすくなったことは私にとって幸いでした。

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