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特定個人を中傷して構わないとする道場

イボナメクジが、相変わらず世間ズレしたブログを書いています。

最近の若者は「楽しいから」という動機では惹きつけられないというのがあった。酒飲んで和気あいあいと騒ぐ忘年会のようなものも敬遠するというのだ。彼らは被災地などの「真剣に使命感が芽生える場」に惹きつけられて、ボランティアで集まるらしい。》

活動の動機を楽しいか否かで決めるなんてな事は世代論で語れるものではないでしょう。

イボはつまり「イマドキの若人はオフザケよりもマジを選ぶ」と言っているわけですが、それならば10月末日に渋谷で乱痴気騒ぎを起こしているのは中高年だけなのでしょうか?

いつの時代にも面白主義で「ええじゃないか」とアッパーに騒ぐ奴もいりゃ、マジヅラになってボラに取り組む奴もいるだろうし、ハロウィンには馬鹿騒ぎしながら別日には被災地で支援活動をする奴もいりゃ、乱痴気騒ぎもしなけりゃ被災地への募金もせずに高見に立ってイボ道場に参加するのぶみファンの関西人だっているでしょう。
そんなものは個人差があるだけで、世代論で語るようなものではありません。

というか、被災地にボランティアに参加する奴らは忘年会などで大勢で集まるのを好むタイプであり、忘年会を忌避するのは自分の趣味に耽溺するタイプであったりする割合が高いのではないでしょうか。

そもそも「真剣に楽しむ」という立場だってあるのですから「真剣派」と「お楽しみ派」に分けること自体に無理があります。

それに茶化しや悪ふざけを「楽しむ」にカテゴライズするのはマヌケが過ぎるでしょう。

大体、イボ道場支持者のほとんど大半が茶化しや冷笑を好み、真剣に物事に取り組んでいる人たちを高みから見下してあざ笑うタイプではないですか。
イボナメクジ自身がそれに当てはまりますしね。

人を集めるために酒を持ち込んだり》して、生放送で酔っ払いながらデマを流しているイボナメクジが何を言っているのでしょうか。


《酒は「私と集」の場である場外乱闘で飲めばよい。》ということはエキノコックス師範との生放送はプライベートで酔っ払って真偽不明な情報をもとに他人を中傷するノリであるということなのですね。
だからデマを流しても責任は取らないと、そういうことであるわけですね。
そんな言い分が一般社会で通用するわけがないでしょう。

私の妻についてのデマを垂れ流した部分だけでも無料配信して、それが果たして公共性があるものなのか世に問うべきだと私はブログに書きました。


未だに無料配信される気配もなく、完全無視を決め込み、自分たちはデマを流したまま放置しているくせに、他人のデマとやらを厳しく追及しているのはどういうつもりなのでしょうか?

なんでも門弟たちは私たち夫婦を憐れんでいるそうですが、大層なご身分でございますね。
しかし元祖設営隊長の聖母苔ナビは本当に悪質なデマを垂れ流してくれました。
そのデマを共有して勝手にこちらを憐れんでいるとは大した集団です。


イボナメクジは言っていることがコロコロ変わるのは皆さんも知るところでしょうが、それは本人やシンパが言う「思考が柔軟で常に時代を先読みして考え方を日々更新している」というたぐいのものではなく、単なる自己都合です。

自分が今いる立場を正当化するためだけに言葉を発していると、昨日は黒と言ったものを今日になって急に白と言うデタラメな振る舞いをしてしまうのです。
黒から白に変わった理由をきちんと説明するならばまだ分かりますが、彼はマトモな説明を絶対にしません。
女性の権利向上に理解を示す素振りを見せた次の瞬間には持ち前のミソジニーを全開にしてフェミニズム批判をするというデタラメさも自己都合以外のなにものでもありません。

そのデタラメな言動について、「行間を読めば分かる」「義務教育レベルの国語力があれば分かる」「普通の読解力があれば分かる」などとトンチキな言い逃れをするのみで済ませるのですから唖然とします。



↑リンク先ブログのように自分に都合の良いように事実を捻じ曲げて正論めいたことを言うのが彼の得意技です。
反論する場を持たない一般人が相手なら実に効果的な技です。


私の妻の件にしろ、ラブ上位認定された元門弟にしろ、たとえそれが事実であったとしても何が悪いのか分からないのですが、彼は許されざる行為として批判しました。
そのように批判しておきながら、下リンク先のようなブログを書くのですから呆れます。


このブログについては事あるごとにツッコミ続けようと思いますが、ラブ上位ブログと性欲絶倫魔ブログの矛盾を疑問に思うシンパ(門弟)はいないのでしょうか?

先の辞めていった門弟や私の妻は「公論」とやらに悪影響を及ぼしていたが、イボナメクジが女性門弟(壇ミッツさん)に手を出したことはそれに該当しないと判断したのならば、何故そのような結論が出たのか説明すべきでしょうに、それについてはダンマリを決め込んでいます。

つまりイボナメクジの唱える「公論」とやらは「イボナメクジの私心」次第なのです。
自分の私利私欲に根ざしているからこそ言っていることもコロコロ変わるのです。


そんな私欲を「公論」と粉飾しているイボナメクジですが、以前にステキなブログをアップしていました。


単なる罵詈雑言も表現と言ってしまえる表現者の業も大したものですが、《特定個人の名前は出さない。個人に限らず、普遍性のある件だと思うときに、匿名で、同様の人は他にもいるという前提で書いておく。あくまでも「公共性」があるから書くのだ。》という言い訳を述べているのには笑いました。

私の妻へのデマにどんな公共性があるのでしょうか?
牛タンメガネ氏と娘さんの親子関係に亀裂を生じさせる発言をすることにどんな公共性があるのでしょうか?
既に道場を退会した元門弟の人間関係について適当な伝聞を元に脚色を加えて非難することにどんな公共性があるのでしょうか?

どんなに匿名にしたところで、読んだ人が相手を特定出来てしまえば匿名にする意味などありません。
私の妻の件もそうですし、牛タンメガネ父娘の件もそうですし、ラブ上位ブログの元門弟の件もそうです。

偉そうに何でもかんでも「公論」とやらに結びつけなければ何を言おうが構わないのですが、勝手に自分を公徳心の代表みたいな顔をして公共性について語るから批判せざるを得なくなるのです。


公共性があれば特定個人を中傷しても構わないとするイボナメクジのありかたは明らかに問題でしょう。







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