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わしが嫌な表現でも守る!

いささか旧聞に属する話でありますが、先週のライジングのイボ記事は無料部分では一切触れてはいませんが、コメント欄を読むと、どうやらイボアンチ(ウルトラアンチ)について、相も変わらぬ的外れな批判をしていたようです。

「荒らしはスルー」の原則を受けてそれでもアンチがアンチを続ける理由は、アンチ行為そのものに性的興奮を覚えているか、アンチ同士の繋がりこそがアンチにとって唯一の世間になってお互いを褒め合ってるからだろうなあ》(餅撒きアナゴさん)

あの小林先生の名著『戦争論』読んで、自己啓発セミナーの問題点に気付き即日辞めた御恩があるので、先生が自分と考えがちがったって、アンチには慣れないですね。》(痰壺キチGUY)

先生が「アンチ小林よしのり」の心理を見事に読み解いていたのに、目からウロコでした。そうか! アンチこそが小林よしのりを「無謬の存在」として、全知全能の神としてあがめていたのか!》
考えないし、疑わない。自己を客観視することもない。恐らく、信者だったときは、よしりん先生の言論の受け売りばかりを吐いていたのでしょう。何も考えず「小林よしのりについていけば、100年先まで大丈夫」と言わんばかりに。》
すっぱり『ゴー宣』と別れを告げて、異なる立場の本を読むなり、仕事に邁進するなりすればいいのに、それが許せない。》
アンチは典型的な「情弱」なのだということがよく分かりました。》
《このコメント欄やTwitterで、文字を尽くしてアンチを諫めても無駄なのだということがあらためて分かりました。長文はもちろんこと、短文も彼らは理解できないのですね。なので、アンチは放っておきましょう。》(M男クン)

アンチのかたも、変な横槍を入れずに、よしりん先生の世界を楽しめばよろしいのに。新興宗教でも開きたいんですかね。(^▽^) そういいつつ、ちょっとアンチのやり方に腹を立てて、逆アンチで返してしまった自分を反省します。》(吉兆クラゲ)

アンチの話、そこまで情熱が注げるのも、ある意味すごいなと思いました。アンチは、やっぱり、スルーが基本ですかね。削除するのも、反応になっちゃうのかなと思います。放置プレイが何よりかもしれないと思う、今日この頃。》(センテンススプリング春子)

以上のような投稿がコメント欄にありましたので、有料部分で「アンチ」について書いていたと見なします。

それともライジングの記事は感想を書くほどのものでもなかったので、その代わりに以下のイボブログにかこつけて、アンチ批判を投稿したのでしょうか?



このイボブログやコメント欄の気持ちの悪い奴ら(エキノコックス談)の投稿は「お前の母ちゃんデベソ」レベルの無意味な批判であり、まったく無効です。

イボ連中は「嫌なら見なければいい」「粘着しないで他の場所を見つけてそこで承認欲求を満たしなさい」と繰り返しますが、それならばそれを何故自分たちに適用しないのでしょうか?
そのことについては何度も指摘してきましたが、安倍晋三や枝野幸男についてイボ道場は批判し続けています。そのなかには批判というよりはただの罵倒でしかないものもありました。
彼らは政治家だから国民は監視する義務があるのだと言うのならば、古谷経衡や香山リカやKAZUYAやかさこに対してはどうなのでしょうか?


現実の世界でイジメをやってはいけない。だが、物書きの世界ではそれをやってもいいのだ。「ロックオン」された者は気の毒だが、トッキーの恐ろしさをたっぷり味わうがいい。》

これは明らかに度を超えた粘着宣言でしょう。

説明古谷 経衡

古谷経衡や香山リカやKAZUYAやかさこの言っていることが嫌なら見なければいいだけなのではないですか?

柴山昌彦議員や香山リカがドロヘドロ師範代をブロックしてスルーするのは正しい行動だと言わなければダブルスタンダードになりますよ。

どこの誰であろうと公に意見を発する以上は批判は免れません。
それは名もなき匿名の私とて同じですので、このブログ内容について反論がある方は私のブログかライジングのコメント欄にどしどし投稿して下さいね。


さて、イボナメクジはウルトラアンチに粘着されていると被害者ぶりますが、そもそもイボがニコ生で私の妻を誹謗したのです。
しかも極めて悪質なデマを拡散したにも関わらず、そのことを指摘したら、一切釈明や弁解するわけでもなく、アンチに粘着されていると言って逃げ回る卑劣ぶりです。




以前に炸裂した壇ミッツさんのツイートをご覧ください。
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壇ミッツさんの連続ツイートを読んで、道場の聖母苔ナビが心底から私の妻を嫌っていたことは充分わかりましたし、とにかく追放したくて仕方がなかったのでしょうが、なかなかに極悪非道なデマを流したものです。

とりあえず、そのデマについては横に置いておくとして、まぁ破門したのなら、それは偉い代表師範の裁量で自由に決めりゃ良いでしょう。
そこに私は文句をつけようとは思いません。

しかし、妻が破門になったのは2013年の春のことですよ?
それを5年も経ってからネット番組で暴露するとはどういう了見なのでしょうか。


イボナメクジ「あのぉ、本当に何て言うんですかね、あの中(道場)でいろんな男とヤッていた女がいたんですよ。」

イボナメクジ「そういうのがいたんですよ。だからこれはイカンと。全体的に風紀が乱れると」

イボナメクジ「まあ兎に角、そのぉ~、その男がやっぱり自分の彼女が排除されたと思ってしまって。わしはむしろ防いでやったのよ。そういうことを、ねっ。つまりそういうこと出来ないようにしてあげたんですよ。好意っ、その男に対して!」

エキノコックス「男に対して?」

イボナメクジ「そうそう、もうこれ以上あなたのオナゴさんが…」

エキノコックス「このグループ内で」

イボナメクジ「淫らになさらないように」

エキノコックス「(食い気味に)みだりに淫らにならないように…」

イボナメクジ「排除して差し上げましたと。その方がその男さんにとってはいいんじゃないかという感じでしたんだけど、その男が自分の嫁が排除されたと…」

イボナメクジ「まあ、そういう風に思い込んで、アンチになっちゃったんだよ」

と、まぁイボ代表師範と寄生虫師範がデタラメなことをネット番組で吹聴したわけですが、2013年当時、私達はまだ結婚しておりません。
更に当時はまだ私は熱心な読者でありました。

そして私がライジングコメント欄に投稿しなくなったのは2016年の春であり、別に最後に捨て台詞を吐いて去ったわけでもなく、アンチ宣言もしていません。
黙って投稿するのをやめました。
なのに、何故かイボナメクジは私がアンチになったとネット番組で言いました。
確かに私は2018年頃からアメーバブログにてイボ道場について批判的な記事を書き始めました。
しかし、いくらエゴサ大好きイボナメクジといえども、どんなに検索しても私のブログ記事に行き着くことはあり得ません。

何故なら私はイボの実名も道場の正式名称も使用せず、おそらくは誰にも伝わらないような迂遠な表現を用いてブログを書いていたのです。
それなのに、イボナメクジはこの私のブログ内容を知っていたのです。
そうでなければ、私がアンチになったなどとネット番組で断言するわけがないでしょう。
さすがはブロガーかさこを見つけ出してくるほどのネット中毒者なだけはあります。


のちに壇ミッツさんと面会した時、彼女は「秘書やスタッフがローラー作戦でネットを監視しているようです」と言っていましたが、おそらくその通りなのでしょう。
壇ミッツさんは更に「門弟登録した人は退会したあとも破門になったあとも監視され続けていると思います」と言っておりました。
それを聞いて私は合点がいきました。

私は門弟になった事はありませんが、メーリングリストには参加し、個人情報も握られました。
どれだけヒマなんだと驚きますが、私の個人ブログをイボスタッフがチェックし続けていたからこそ、私が道場批判をしていることを知っていたというわけです。
何者でもない、ただの名もなき一般人に過ぎない私なんぞを監視する意味が分かりませんが、壇ミッツさんが言うには、それだけ小心者なのだということです。


私がイボ舐めライジングのタブーであるゴーストライターの件をブログで暴いてしまったので、遂に我慢が出来なくなり、2018年8月21日の生放送で私の妻へのデマを流し、私達夫婦を離婚させようと企てたわけです。


明らかに作家本人が書かず、スタッフか誰かをゴーストにして代筆させたものを自分の作品、自分の論考として発表するのもよく目にします。
こういうことをやり始めたらもう作家としてはおしまいですよね。
私などとは倫理観が違うのか、そのことを指摘されても恬として恥じず、聞こえないふりをしています。
おそらく「オオヤケに資する」という大義があれば何をしても許されるとお思いなのでしょう。

その作家は巷で公論おじさんと呼ばれ、ヌメついた性格をしていてナメクジみたいにうねっています。
そんな公論おじさんったらば、スタッフをゴーストにしていることを読者が薄々気づき始めたことを察知したのか、先回りして、自分の連載をスタッフに代筆させることを公言しました。

しかしそれをもって誠実な態度であると思うのは問題です。
その記事が通常の雑誌で連載しているのならば、買う買わないは読者に委ねられていますから問題はありません。
しかし件の連載はメールマガジン(ブロマガ)で配信しているもので、会員になって定期購読していた場合、有無を言わさず月額購読料が引き落とされてしまうのです。
作家本人の作品が読みたくて定期購読したにも関わらず、海のものとも山のものとも分からない何も成し遂げたこともないどこの馬の骨とも分からないスットコドッコイに過ぎないスタッフの駄文が送信されてくるのはほとんど詐欺的なアレなのではないでしょうか。
作家の作品であるからこそ対価を払っている読者を愚弄していると言わざるを得ません。

一つ例え話をさせていただきます。
調理師が料理を作らず、調理師見習いでさえない皿洗いが作った飯をお値段据え置きで提供する飯屋があります。
その皿洗いは調理師になることを目指しているわけではないようで、もうまともに料理も作れなくなった主人に仕えることが生き甲斐のようです。

飯屋の主人である調理師はマズイ飯しか作れない自分の至らなさを省みずに傲然とした態度で、この店は採算が取れていないんだから客のクレームなんか聞いてられないと言って憚りません。
客の中には変わり者もいて、先払いで注文してから長い時間待たされたというのに、多忙ななか配膳してくださり有難うございますと頭を下げて涙を流しながら皿洗いが作った残飯のようなものを食べるのです。
馬鹿です。

その飯屋が採算が取れているかいないかは客には関係ありません。
料金を取る以上は調理師がちゃんと飯を作り、なるべく客を待たせることなく配膳するのは当たり前です。
それが出来ないのならば店を畳むべきでしょう。

しかし皿洗いの作る残飯のようなものを有難がって食う連中は一体どのような心理にあるのでしょうか。
それはもはや宗教じみています。
要約すると馬鹿です。》


この私のブログでの批判が気に入らなければ、その内容に反論すべきでしょうに、批判内容には一切触れずに、私の妻についてまったくのデマを流して中傷するのですから卑劣以外のなにものでもないでしょう。

この事実を知ったライジング読者の中の数少ない良心的な方が、極めて真っ当な疑義をライジングコメント欄に投稿しているようですが、ドロヘドロが無言削除を繰り返しています。

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ライジング流行語大賞にノミネートされているフレーズには次のようなものがあります。

わしが嫌な表現でも守る! (9/30 よしりんブログ)》

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