《門下生論客ケロ坊さんの意見をご紹介します!》
どうやらイボ道場門下生のマヌケな連中は私のブログを愛読しているらしく、論客ゲロ坊主(仮名)までが私のブログをテーマに論文を発表した模様です。
《アンチブログでも読めば何かしら得られると書いていましたが、僕も思うところがあったので書いてみます。》
私のブログについて物申すのは別に構いませんが、それならば批判先のリンクを貼るなどするのが礼儀でしょう。
自分の批判に正当性や妥当性があるという自信があるのならば、第三者に自分の文章と批判対象の文章を読み比べさせるのがスジであるのですが、イボ道場の連中は決してそれをしないのです。
私がこのように反応すると、「別にアナタのブログについての批判ではないのですけどねぇ。自意識過剰乙www」と逃げを打つつもりなのか知りませんが、なんとも情けない論客です。
さて、ゲロ坊主が執筆したアンチブログについて分析した論文でありますが、あまりに低劣すぎて相手をするのも馬鹿馬鹿しいのですが、批判された以上はその愚論について一つ一つ反論してあげるのが優しさというものでしょう。
《エクストリームなアンチブログを見ていたところ》と書いていますが、イボナメクジについて真っ向から反対(アンチ)を表明している物好きな奴は私ぐらいでありますから、ゲロ坊主が私のエクストリーム(過激の極限に達した)ブログ記事について論じているのは間違いありません。
私のブログを読んだ論客ゲロ坊主は《ここ(道場)を辞めた人たちがいるのが見受けられて、典型的な吹き溜まり、妬みと未練を撒き散らす人たちの掃き溜めだなあと思いました。》と書いていますが、私のブログは私個人が意見表明している場であり、どこかの道場メーリングリストやどこかのライジングコメント欄のような馬鹿と差別者と狂人が吹き溜まり、一般社会を妬み、憎悪の念を撒き散らす人たちの掃き溜めとは違います。
私のブログ記事にはさまざまな人がコメントを投稿していますが、道場にかつて参加していた人だけが意見しているわけではありませんし、私と考え方が違う人もいれば、ブログ内容について批判的な意見だってあります。
この時点で論客ゲロ坊主はデタラメなことを言って印象操作をしていることが分かります。
《なんかネチネチ陰湿に書いていて、ネトウヨと何も変わらなかったです。》
私のブログ記事のどこがネチネチしていてどこが陰湿なのか説明してみせて下さい。
おそらくは説明することが出来ないでしょう。
私のどこいら辺が「ネトウヨ」とやらと変わらないのでしょうか?
私はブログの中で「日本スゴイ!」とも「私は右でも左でもない普通の日本人」とも「慰安婦は単なる売春婦」とも「特攻隊は日本の誇り」とも「承詔必謹で臨まなければ」とも言っていませんし、安倍晋三を支持していませんし、百田尚樹を愛読していませんし、YES高須クリニックでもありません。
それのどこがネトウヨと変わらないのでしょうか?
その理由を説明が出来ないとしたら、デマを飛ばしたということになりますよ?
《なぜゴー宣道場に来てそうなるのかと思いますが、やっぱりファンクラブ気分か、または自分を変えたかった的な、教養講座や自己啓発サークルのような気持ちで参加していたのでしょう。》
これはゲロ坊主の自己紹介でしょうか?
道場を去っていった人たちはファンクラブ気分でもなく、自己啓発にも興味がなく、しっかりとした議論を求めていたのに、当の道場側が信仰することを強制してきたから愛想を尽かしたのでしょう。
《どうしようもなくダメだなと思ったのが、この人たちはゴー宣道場が民主主義だとカンチガイしていたという点です。》
「廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スベシ」とは我が邦の民主主義の基本姿勢であり、議論は民主主義があってはじめて成立させることが出来るのだということをイボ道場随一の論客ゲロ坊主は理解していないようです。
ちなみに私はイボ道場に民主主義などないと言い続けておりますので何の「カンチガイ」もしていません。
だからこそ「公論」を僭称するなと言っているのです。
《「民主主義を正常化させる場なのだから、民主主義のユートピアのハズだ!」「みんな平等のハズなのに!」的な。》
この鉤括弧の中のフレーズを誰が言ったのでしょうか?
誰も言ってもいないことで批判するのは藁人形論法というやつですよ?
ここからゲロ坊主が、普通の現場ならば民主主義など機能していないのは当たり前だなどというお花畑な愚論を展開しております。
おそらく彼は民主主義についてまるで理解していないマヌケ野郎なのでしょう。
ゲロ坊主は民主主義について、小学生がお手手つないでみんなの意見をぜーんぶ取り入れて、みんなが満足してお遊戯会を楽しめるものなのであーると思い込んでいるようです。
《ゲームでも、映画でも、ドラマでも、アニメでも、舞台でも、皆さんが触れてきたものでつまらない娯楽作品があったら、もしかしたら民主主義的に作った=能力のある人が決められなかった(または能力のある人が最初からいなかった)のかも知れません。》
「民主主義イコール能力のある人が決められなかった」という公式には驚かされます。
意見をまとめられる能力がなければ才能があるとは言えないでしょう?
ゲームも映画もドラマもアニメも舞台もたった一人で作り上げられるものではありません。
どんなにキューブリックが天才であったとしても脚本家や撮影監督や役者など沢山の人と話し合い、時には衝突しながら傑作を生み出してきたのです。
また、芸術作品と公論をごちゃ混ぜに論じること自体が無理筋であることも指摘しておきましょう。
「公論」の基本は「議論」です。
イボナメクジが独裁的に結論を出すことは道場という狭いサークルでは自由にしたら良いでしょうが、それを世間が受け入れてやるいわれはありません。
世の中にとってそれが害悪でしかないと判断しているからこそ批判に晒されているわけです。
論客ゲロ坊主はそんなことも理解する知能がないのです。
《アンチというフォースの暗黒面に堕ちるような人は、頭が悪すぎてこういうことがわからないので、「民主主義じゃないなんてカルトだ!」とか言うんでしょう》
またしも藁人形論法です。
批判をするのは自由ですが、批判する以上は相手の意見を正確に読み取った上でなされなければならないのですが、論客ゲロ坊主にはそんな気はサラサラないようです。
一体どちらの頭が悪いのでしょうか?
《世の中の傑作と呼ばれるものは、独裁的=才能のある人がその能力を十分に発揮できた形で作られてることがほとんどなのだから》議論をする必要はないと言いたいのならば、それは勝手にしたら良いですが、それは「公論」と呼べるものではないことは、いくら頭の悪いゲロ坊主でも理解していただけたでしょうか?
独裁は公論とは相反するものであるというのが事実です。
《事実に向かってジグジグ文句を言われても仕方がありません。》てなもんです。
《「破門」や「辞退」は「契約終了」みたいなもので、仕事の妨害をしているような人や、意志のない人はサヨナラするのも当たり前》
道場の元門弟である壇ミッツさんにしろ、牛タンメガネさんにしろ、私の妻にしろ、「破門」になったことについて誰も抗議はしていません。
三人とも破門と直接言い渡されたわけではないのですが、それについても今更文句を言うつもりもなく、逆に清々していることと思いますが、道場を去ったあとにとんでもないデマを流して中傷したことについて非難しているのです。
《確かに、閉鎖空間でリンチ的にやったら危ない感じはします。》
いや、「危ない感じ」などという呑気な話ではないでしょう。
《仕事のできない人を契約終了するのに「排除」だなんて言い募ることは、少なくとも自分の現場ではありません。》と、「自分の現場」を世界の中心にして語ることに何の躊躇もないようですが、その視野狭窄は少し恥じた方が良いですよ。
《そもそも、民主主義でやってる仕事現場って世の中にあるのでしょうか? 》
この辺りからまたマヌケな理屈を垂れ流し始めて唖然とするのですが、そのあたりのことについて説明しているコメント投稿がありましたので紹介します。
《才能ある人が人を引っ張って物凄い名作を創る人を独裁だと言っているけど、、、それは独裁ではなくリーダーシップと言うんだよなあ。
だってその作品を、素晴らしい!って評価してるのは誰なの?民衆でしょ?独裁ってのは、自分の意見だけで自分が全て決める自分の為にするような事でしょう。
民主主義にリーダーシップは必要だし、民主主義だからこその強いリーダーは必要だけど、独裁の為のリーダーってのは独裁者であって必要ではない。
独裁者ってのはリーダーの最上級じゃなくて、強いリーダーになり切れなくて結局は孤立しちゃった人の事を周りの民衆が客観的に言う、リーダーシップに失敗した人の事だと思う。
民主主義は無責任を産むとか愚の骨頂。
社会主義とか独裁主義は、決められたトップが決めたレールに皆を乗せて決められた事だけすれば良くなる。だから民衆は無責任になるし、トップダウンしかない指示待ちな状態になりやすい。
正直言うと、論客(笑)さんには議論の知識も教養もないとは思うんだけど、そんなの別に良いんですよ。ただ、自分の正義が世の中の正義!みたいな発言をするなら裏付けや背景をしっかりして話して欲しい。
骨組みだけの家を豪邸だ!って言ってもしょうがないでしょ?貧ぼっちゃまの家みたいに。
話にも仕事にも、骨組みをしっかり組んで肉付けしてね。スカスカの内容じゃいつまでたっても成長出来ないから。いい大人なのに。
指示待ちの平社員で良いのか、言われるがままの底辺管理職で良いのか。
一生に一度は自分で考え皆を引っ張り、大きな成功を、勝ち取りましょうよ。
ちなみにこれは独裁じゃないですよ。リーダーシップです。論客(笑)さん頑張って!》(通りすがりの人さん)
https://washiblog.seesaa.net/comment/list_comments?article_id=473461125
《昔不安定な人と交流されたためにアンチのブログに執拗に書かれてしまっていて、かつゴー宣道場をあくまで民主主義とお書きになっていたWさんには、踏まえておいていただければと思いました。》
ゲロ坊主はマヌケな論文の最後に聖母苔ナビに食ってかかっているのですが、イボナメクジはついに苔落としをするつもりでいるようです。
ゲロ坊主が言う、「不安定な人」とは私の妻のことを指しているのでしょうが、苔ナビは私の妻について酷い噂を流した張本人なのですから、批判し続けるのは当たり前のことです。
まして謝罪もせず、反省している様子もないのですからこちらが容赦する必要はありません。
道場だけが生き甲斐である苔ナビは必死に詫びを入れていることでしょうが、内心ではハラワタが煮えくり返り、遅延ブー一派をどうにかして失脚させよう目論んでいることでしょう。
しかし、そんな考えはイボナメクジの「気づき」と「見抜き」で見透かされ、蛆虫として破門にされてしまいますよ!
お婆ちゃん、気をつけて!
ホンマにゲロ坊主はタチが悪いさかいな。
ホンマ、悪性なやっちゃで。
この記事へのコメント
ずっとゴー宣道場ブログ読んでました
東北設営隊長はゴー宣を知らない層にも広めたいけれど「パワーはあってもノープラン」とのこと。その後ここでの意見を参考にすればいいという話の中で氏が「ネアンデルタール人が滅んだのは1人の能力や体力が優れていたためにほとんど集団を作らず工夫ができなかったから。ホモサピエンスは能力は劣っていたが集団で物を考えて、武器はこういうのがいいとか話し合って発明し合ったから発展した」という話をしていますが、それってゲロ坊主さんの論文と思いっきり逆だと思うんですが。ゲロ坊主さんも参加していて皆さん神妙に相槌をうつ声が入ってますがホントに聞いてるんでしょうか?まあ選ばれし聞造会メンバーの話し合いはよいという意味かもしれません。しかしその話し合いで出た案が「NEXT設営隊員募集」とかいつまで幼稚園児のこの指止まれみたいなことをやるのかと思うと、全員負けず劣らずノープランなんだろうと思います。女性天皇、女性宮家は今年中、3大目標達成のためスピードアップと言ってますが。
kp
ゴー宣道場は小林よしのりの『正論』を全国に布教させる運動と言えばいいのにね。
でもその場合はボジショントークのゴー宣道場と言われてしまうのか
shinkimu
最近の小林先生は威勢だけはよく、ひたすらに「戦い抜く」などとオーバーなラッパを吹いて、信者達の忠誠心を鼓舞していますが、そのラッパの内実というか、具体的に何をしようとしているのかがさっぱりわかりません。
「日本の政治家には愛想が尽きた」とか「アメリカの属国である日本の民主主義など絵空事」とか、この国のシステムそのものを否定して「皇室典範改正」や「憲法改正」をどうやって実現させるのか、その道筋がまったく不明です。
連合赤軍のように暴力革命でも目指そうというのでしょうか?それとも三島由紀夫と楯の会のように自衛隊の基地に突っ込んでクーデターでも起こそうとでも?
もし本気でそんなことを考えているならある意味大したもので、警察にマークされながら地下に潜って虎視眈々と機会を伺っていただければよろしいかと思いますが。
反対意見を持つものとの対話を否定し、ひたすら蛸壷の中で矛盾だらけの空理空論を繰り返し、ものを深く考えることができない賛同者だけを集め何かをやったフリをし、ワインを飲んで酔っ払っていればご本人は気分は良いでしょうが、言うことを信じ切ってエスカレートを繰り返す信者たちは、最終的に、「いやこれはワシの遊びだったから」では許してもらえなくなりますよ。
人心を弄んだ挙句のその果ての落とし前をどうつけるつもりなのか、外からウォッチしている者としては面白いですけどね。
ずっとゴー宣道場ブログ読んでました
日本の民主主義は国民軍がないから未完成?アメリカの属国だから絵空事?
だから何?自身の大好きな言論の自由は民主主義だからこそ守られるのをお忘れですか?最近お好きな中国共産党に支配されてひとたまりもなく踏みつけられなければ分かりませんか?
自分が好き勝手にやりたいやりたいと駄々をこねてるだけの理屈に国の民主主義を出してくるのはおやめなさいと言いたい。
その同じ駄々っ子ブログに、「公論」を目指すと書いているのが笑えます。道場が民主主義じゃないことを強調しながら公論を目指すってホントにマンガより笑わせてくれます。民主主義は議論が前提、民主主義ではない主催者のやりたい放題のところに公論などあるはずがないからその看板を下ろせと言われているのが本当に分からないんでしょうね。
とーほくどー
こういった人間は一般的に「腰抜け」というのですが、今回もまともに再反論しないでしょうね。
議論の出来ない(道場内のみの)論客ですから。