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論客ゲロ坊主のアンチ分析②


さて、早速ゲロ坊主による「アンチ分析」の続きを紹介しましょう。
※ゲロ論文は《ゲロ坊主》カッコ内の太字で表示します。

2、アンチの夫婦ということ
上記の『オドレら』にもありましたが、鷲尾夫妻はゴー宣道場がなかったら出会わなかった二人です。
そういう人と一緒に暮らしてるとしたら、どういう気持ちになるでしょうか。
この二人はお互いの関係性を振り返るたびに、「ゴー宣道場」を意識せざるを得ないのではないかと想像します。
アンチブログを見ればわかりますが、実際この鷲尾は確実に僕以上に、毎日毎日、寝ても覚めても、小林よしのりや門下生のことばかり考えているでしょう。
完全に生き甲斐になっていて、依存している状態です。

これに関しては特に言う事はありません。
他人の夫婦関係について、どのような歪な想像を巡らせようがゲロ坊主の勝手です。
内心の自由を保障するのが健全な民主主義社会ですからね。
ゲロ坊主は民主主義社会の恩恵を無自覚に享受しているわけです。

しかし、男女の出会いについてネチョネチョと嫌らしく妄想していることを公言出来るゲロ坊主のパブリックマインドはぶっちゃけ気持ち悪いですね。
たとえば北朝鮮に拉致された人たちがそこで出会い結婚をしたからといって、その出会いは北朝鮮のお陰だと言って感謝しなければならないのでしょうか?
お互いの関係性を振り返るたびに北朝鮮を意識せざるを得ないとして、それが何だというのでしょうか?
自分がいかに下衆の勘ぐりをしているのか少しは自覚した方が良いと思いますよ。

それと、何故かイボ道場の連中は批判者に対し、「イボナメクジ先生に依存するな。執着するな」と言ってきますが、ならば道場サイドは何に対しても批判の声をあげていないのでしょうか?
そんなことはなく、安倍政権批判や枝野批判、皇統男系派批判を連日のように繰り広げているではないですか。
イボ理論でいけば、それも依存であり、執着ということになる筈なのですが、何故か自分たちだけはそれには当てはまらないと言うのですからデタラメすぎます。


3、モテないというコンプレックス
この鷲尾の門弟時代の最後のメール(2013年3月6日)では、恋愛への渇望が吐露されています。
最後に書くことがそんな私的なこと?という感じはありますが、ともかくモテないとのことでした。
これを踏まえた上で、2016年5月3日のライジングVol.176のQ&Aを見てみると、結婚したことで国のことがどうでも良くなってしまいました。英霊はなぜ戦えたのかしらん?と質問しています。
今更こんなこと聞くなよ、私心を垂れ流して小林先生に甘えて恥ずかしくないのか、しかも気持ちの悪いおちゃらけた口調で、とツッコミどころ満載ですが、
結局は、「公」が全くわからず、「私」しかない人だったのがよくわかります。基本的に精神が幼稚なんですね。
また、そういう私欲の塊で、かつモテなかった人が、ゴー宣道場があったおかげで結婚できたらどうなるか?
結果はご覧の有り様です。

正直な話、道場メーリングリストの最後の投稿に関してはまったく記憶にないのですが、確かに30代後半まで私は色気狂いであったことは事実であり、恋愛への渇望を吐露していたかもしれません。
その貪欲さを「モテない」と読み取られたのならば、なるほど私は非モテであったと思われても仕方ありません。
というか、モテないことがそれほど問題なのでしょうか?

そして何故「非モテ」である事を踏まえた上で、ライジングでの質問を読み取られなければならないのか意味が分かりません。
ライジングVol.176のQ&Aで私は本当に「結婚したことで国のことがどうでも良くなってしまいました。英霊はなぜ戦えたのかしらん?」と質問していましたか?
何かニュアンスがかなり違うと思うのですが、私は既にライジングを解約している為に確認がとれません。

私の記憶では、この頃にはコメント欄の連中の質の悪さに辟易としていて、イボ読者とネトウヨと呼ばれているネット民に何の違いもないのではないかとの疑念を抱くようになり、口先だけで国の為に命を捨てられるというような連中に対して嫌悪感を抱いていたことから、果たして国の為に命をかけるなどと勇ましく語ることが愛国心や公共心に繋がるのか疑問であると質問したかったのではないかと思います。
であるから、その号のコメント欄には以下のような投稿をしたのでしょう。
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マジメな質問をストレートにぶつけるのは照れ臭いものであり、照れ隠しに砕けた文調にするぐらい大目に見てもらいたいものですが、ゲロ坊主にはそれすら許せないようです。

論客ゲロ坊主は揺るぎない「公」が確立されており、滅私の精神を常に維持することが出来る超人であるようで、私のように何度も立ち止まり、果たして公とはいかなるものであるのかと繰り返し考えているような奴は「精神が幼稚な私欲の塊」にしか見えないそうです。
ゲロ坊主という男は本当に大したもんだよ蛙のションベンですね。

ゴー宣道場があったおかげで結婚できたらどうなるか? 結果はご覧の有り様です。》と、ドロヘドロ師範代をdisるなんて、見上げたもんだよ、屋根屋のフンドシ。

この記事へのコメント

  • 尊師の言う危険な爆弾ってコレですか?公開したら当事者が傷ついてしまうっていうか自爆に巻き込まれて尊師が傷ついちゃうヤツじゃないすかww

    今週のイボ舐めライジングではエキノコックス師範まで動員して「アンチ」の藁人形をこさえて叩いていますね。

    エキノ師範の"アンチ分析"には10年ほど前にツイッターで粘着していた人の話がありますが、その中で特徴的なフレーズをピックアップして検索してみました。
    「命の恩人 誹謗」「原発 論破された 素直に」
    といった具合にです。

    するとどうでしょう。
    エキノ師範が書かれたような一連のツイートをしているアカウントというのが全くヒットしないんですねえ。

    試し読みの範囲しか読んでいないので、このあとツイートを消したとかアカウントが凍結されたとかの展開があるのなら理解できます。
    まさかまさか、公論を目指す道場の師範ともあろう方が 嘘松 なんてことはないですよねえ…
    2020年02月12日 21:51
  • Q&Aとはこの事でしょうか

    この事でしょうか(必要最小限度の範囲として該当質問及びその部分のみを引用じす)。
    どう見てもゲロ坊の言っていることとは違うように見えます。
    ※ むしろこれなら当時の妻帯者兵士としても当然に考えるような内容ではないかと

    【質問者】

     私心まみれの自分語りになってしまうのですが、以前の自分は死ぬことが一つも怖くなくて、「大義の為ならあっさりと命をくれてやるよバカヤロ」などと嘯いて放屁をしていたのですが、去年結婚してからこっち死ぬことが急に怖くなってしまいました。
     奥さん一人を残して死ぬることに超恐怖を覚えてしまったのです。
     共同体が崩壊した現代では、死をも恐れぬ益荒男を気取り、奥さんを独りきりにしてしまうような無責任はどうなんだろうと思うようになってしまいました。
     かつての大戦で散華した英霊はニヒリズム満載の俺なんかとは違い、夢や希望に満ち溢れていたにも関わらず死ぬる恐怖に打ち勝てたのはどぼちて?
     当時は共同体がしっかりあったから、信頼出来る誰がしかに愛する者の先の暮らしを託せたからなのかしらん?
     それとも大義と奥さんを天秤にかけたら、大義が重いに決まっとるやんけざんすってことで覚悟を決めたのかしらん?


    【回答・よしりん】
     いまさら言うことはないな。『戦争論』にすべて描いたはずだ。
    2020年02月12日 21:06