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糾弾と許容の比率

門下生が愛子さまサイトに集中してくれてたから仕方がないが、コロナに関する現場からの投稿が見られなくて、最近は、ライジングコメント欄の方が参考になる意見や情報が多かった。

10年間続けているイボ道場の集大成ともいえる愛子さまファンサイトが開設されたというのに、師範方がブログでほとんど話題にあげることもなく、むしろコロナに関する現場報告がないと愚痴られる始末で、一体何のために慌ててサイトを始めたのか分からない状態で、早速迷走しているようです。
イボナメクジは損得勘定から今や皇統問題なんかよりも話題性のあるたかがコロナに飛びついている始末で、道場メーリングリストよりもライジングコメント欄の気持ち悪い常連の方が役に立つと明言してしまうのでした。
そのライジングコメント欄ではコロナの事でお母さんと口論したとか友人がイボ理屈を理解してくれなくて頭に来たとかそんな話ばかりで、それが一体何の役に立つのかさっぱり分かりません。

経済全開こそが人の命を救う。コロナの死亡者より、もっと多くの人の命を救う。そして医療のパワーを重症者に集中すれば、必然的に高齢者の命も救うというのが、わしの一貫した主張だ。最後にはわしが正しいことが証明されるだろう。

さすがインチキ占い師なだけあって、当初とまるで違うことを言い出しているのに、「わしの一貫した主張だ」などと豪語出来るイボナメクジには恥の概念はないのでしょう。
それを信じられるシンパがいる事を不思議がる人がいますが、「ズバリ言うわよ」と断言さえしていたら、霊言だって人間革命だって水からの伝言だって信じる者はたくさんいるのですから、何も特別なことではありません。
自粛が長引けば長引くほど人々は先行きに不安を感じます。
その不安につけ込んでくるのが、霊言や人間革命や水からの伝言やゴーマニズムであるということをしっかり理解していれば、そんなものに容易く騙されるのは愚かであると気付く事が出来る筈です。

さて、それにまんまと騙された連中が集まって、世の中を呪詛しながら、同時に内ゲバを繰り返しているのがイボ道場です。
関西恫喝事件もその事案の一つです。

関西門下生のカリィ紅衛兵が中四国設営隊長白ベアを恫喝した問題で、カリィ紅衛兵が吊るし上げられているのを見て、イボナメクジは「このままではフェミニズムの左翼集団とやっている事は同じだ」とカリィ紅衛兵を擁護し始めました。
イボナメクジがカリィを擁護した理由は単に自分の損得勘定に過ぎないことは既に書いた通りです。

彼のホームページをわしは高く買ってる》とイボナメクジは言い、カリィを排除するなら《替わりの者を探してきてくれ》と言い放ちます。
そして《わしがミートゥー運動が嫌いなのは、才能ある男を潰すからだ。才能を潰す者は左翼だと思っている。》というイボ理論を展開するのでした。
「才能を潰す者は左翼」という意味不明な言葉からも分かる通り、自分の気に入らないものについてはとりあえず「左翼」とさえ言っておけば良いと思っているのです。
「安倍政権は実は極左」とか「ネトウヨは左翼」ということも何度となく言っていることからもそれは窺えます。

これが分からずにわしの元から去っていった門下生が数人いた。ゴリゴリ・フェミニズムは左翼だ。

これは数年前、当時事務次官だった男のセクハラ行為が発覚した時にそれを批判していた壇ミッツさんやらいてうブランシェットさんなど当時門下生だった人たち(男性含む)のことを指しています。
その後も何人もの門下生が辞めた筈なのに、何故かこの時に辞めた門下生たちに対する執着だけが突出している理由は今更説明するまでもないですね。

ウディ・アレンがロリコンでも、飛鳥が覚せい剤やっていても、わしは才能を評価する。特にウディ・アレンが潰されるのは腹が立つ。

ここでウディ・アレンを引き合いに出すのは、らいてうブランシェットさんがウディ・アレンの作品を好きだと公言していたからでしょう。
「ちがう! わしは昔っからアレンが好きだったんじゃい!」と反論するかもしれませんが、その割にかつて好きな映画の話をする時に全っ然ウディ・アレンについて語ったことがないではないですか。
要するに「お前の好きなウディ・アレンは養女を強姦する男やぞ〜。お前はそんな男の作品が好きなんやからな〜」と挑発しているわけです。
なんともみっともない煽り方をするものです。

イボナメクジは「作品と人格は別」というところを更に拡大解釈して「才能があれば犯罪行為も許される」と主張しているわけです。
本人に確認したわけではないので断定は出来ませんが、らいてうブランシェットさんは「生み出した作品は素晴らしいが、それと監督の犯罪行為は別の話で、罪は罪として罰せられるべきである」と考えているのではないでしょうか。
というか、冷静な判断が出来る人ならばそう考えるのが普通です。
それは「作品と人格は別」を否定する意見ではなく、別だからこそ罪だけを裁き、作品は封印する必要はないとする意見も成立するのです。

イボナメクジは福田事務次官について官僚としての才能があるのならば、たかがセクハラぐらいでクビにするのは間違っていると主張していました。
それは決して「作品と人格は別」ではなく、作品と人格の同一視に他なりません。
イボナメクジの意見を採用したら大量虐殺や民族浄化を指示しても指導者としての才能があれば許される事になります。
プロデューサーとしての才能があったワインスタインも許されるべきであるし、官邸に入り込んで太鼓持ちをする才能がある山口敬之も評価すべきでしょう。

わしは正義の人ではないし、聖人でもないし、むしろ悪人だと思っている。自覚してないのかもしれないが、誰でも悪を秘めているんじゃないのか? わしは自分の悪を自覚している。

これはどういう意味でしょうか?
悪を自覚していたら犯罪を犯しても良いとでもいいたいのでしょうか?
悪を自覚していたら女性を恫喝しても良いし、少女に性暴力を振るっても良いと主張するわけですか?
本来ならば、己の悪を自覚し、それを律すべしと説くのが「公論」なのではないですか?
人の裡には悪意が秘められているなんてことは少年マンガを読んでりゃ小学生でも知っていることですよ。
それを何を得意げに語っているのでしょうか。

告発してくれた女性は立派だし、泣き寝入りする必要はない。
これからも「ゴー宣道場」は女性を大切にあつかう。
彼は謝罪するし、才能を見せ続ける。
武士の情けで少し待ってやってくれ。

道場の論客ゲロ坊主はカリィ紅衛兵を山口敬之になぞらえていましたが、イボナメクジのこの言い分こそ山口敬之になぞらえて考えてみるべきでしょう。

告発してくれた伊藤詩織さんは立派だし、泣き寝入りする必要はない。これからも日本国は女性を大切にあつかう。山口敬之は謝罪するし、才能を見せ続ける。武士の情けで少し待ってやってくれ。」

泣き寝入りする必要はないと言いながら、ぺっこり45度と頭を下げれば、これまでと変わらず呑気に陽気に過ごして良しと言うのですから、そんなものは泣き寝入りしたのと同じことでしょう。

このあと実際にカリィ紅衛兵はあっさりと謝罪文を書き、その謝罪文についてエキノコックスが道場メーリングリストで高く評価して手打ちとなるのですが、そのエキノコックスの投稿は次回紹介することにします。



「レイプは魂の殺人」と言いながら、「才能ある奴は許されるべき」と嘯くのならば、優秀な人間が下層民の一人や二人戯れに亡き者にしても許されるべきであるという主張を肯定せねばならないでしょう。
イボはやたらと寡頭制を支持していますが、まさにそれの行き着く先は世界貴族「天竜人」は「下々民(しもじみん)」の生殺与奪を自由に出来るという世界に繋がってゆきます。

この記事へのコメント

  • 道場10年の集大成が愛子さま応援サイトですか。そんなの既にネット回線が一般的になっていた10年前にでも作っとけばもう少し世論に影響を与えられたんじゃ?

    まぁいつもの門下生たちの実績作りなんでしょうけどね。
    あれ、そういえば道場は3年で閉めるって話じゃなかったっけー?
    2020年05月09日 11:24
  • セクハラやパワハラをやらかした"才能ある男"が干されたら、そりゃただの自業自得でしょう。告発した被害者のせいだというのがイボ理論ですね。
    セクハラやパワハラで被害者の女性こそ才能を潰され活躍の場を奪われてきたんじゃないですか。
    非のない女性の才能と、やらかした男の才能と、いずれかを潰すしかないとしたら後者で決まり。

    ところで、1兆歩譲って「才能ある男の罪は許される」と仮定しましょう。
    経済情報誌での連載は終わり、文芸雑誌での連載も終わり、単行本は売れず、政権にすり寄ってアベ友社長のお情けで20年前の作品が増刷されることで食いつないでいるようなブザマな漫画家くずれのジジイに、一体何の才能があるんですか?
    2020年05月06日 18:08