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サブカル者としての切通理作

切通理作氏について、コメントが届いていますので紹介します。

道場参加者にも切通氏の悪い「噂」を広めていたのですね。小林の悪い癖です。誰かを評価する時に、別の誰かを貶めてしまうのは。

切通氏は門弟からも軽んじられていました。
らいてうブランシェットさんは、伊藤詩織さんの件を語る中で、切通氏が乗って来ない事に憤激されてましたね。
切通氏が去り際に、のぶみカリィから「私達が尊敬するような師範になってください」と言われたと書いてましたね。
門弟の切通氏に対する態度は、山尾氏の一件で完全に露呈しました。
小林や師範ばかりでなく、門弟からも蔑視される中では、切通氏もやり辛かった事でしょう。

しかし切通氏は、そこまで批判される存在だったのでしょうか。
小林の流した「噂」が事実なら、さぞや迷惑だった事でしょう。
しかし私は運動に傾倒しつつある中、距離を取って我が道を貫く氏は、バランスを取る上で貴重な存在だったように思います。(フリッツ・ワルターさん)

イボ道場は当初、保守色の強いメンツの中で切通理作というサブカル者を一人置くことでバランスを保っているように装っていました。
しかしエキノコックスが師範になった辺りから、イボへの隷属と追従を師範を含めた参加者が競い合うようになりました。
その流れに上手く乗り切れなかったのが切通理作氏でしょう。
彼はあくまで自分のスタンスを崩さず、サブカル者として世間を斜めから見て、脊髄反射せずに熟考してから意見を発していました。
その態度はもはやイボ道場には馴染まないものだと気づかなかった辺りが空気を読めない切通理作氏のトンマさと言えるでしょう。

同じサブカル者にオーケンという人がいますが、内省的なオタク出身の彼は平成元年に起きた東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人や神戸連続児童殺傷事件の犯人は自分の身代わりに捕まったとあえて言ってみたり、人の鬱屈としたやりきれない想いをいかに掬い上げることが出来るのか、というような内容の歌を歌い続けています。
切通理作氏はおそらくイボ道場で、その役割を担おうと試みていたのでしょうが、イボナメクジがそんなものを求めているわけもなく、そのような意図を持って書いたブログはエキノコックスがいちいち槍玉に上げて、道場にそぐわない奴のイメージが定着化されていったのでした。

小林さんが読まないと決めた元少年Aの本についてという「道場のブログを書かずにこの内容か」というものであった事で、ガックリさせてしまったのをお詫びいたします。

はじめはよくわからないまま、その世界で権威だったり活躍しているように見えている人の言うことに影響されたり、「いや、これはちょっと待てよ」と気付くというような回り道を、間違いなく、もっともっと経験したのではないかと思うのです。
人として、社会人として、高みを目指すというのはどういうことなのかという問いを手放さないでいれば、変わっていくことが出来ると思います。

木蘭さんのお怒り、受け止めました。そしてそのお怒りや不信が、木蘭さん一人だけの感情に起因するものではないことも。

木蘭さんが「個人の感想」という言葉を繰り返されているのを見て、本来個人の感想は個人の感想であり、時に意見交換や議論することはあっても、たとえば日々SNSで無限に自己承認を求めるのは不健康であり、そうした承認欲求が、誰かを叩いて褒められたいという同調圧力を生む原因なのかもしれないなと思いました。

すごく正直に書きます。僕は木蘭師範の「ヤリチン弁護士」という言葉に、吐き気を催しました。これは比喩でありません。実際の生理現象です。僕は倉持さんと山尾さんのお子さんが、つらい立場だと考えざるを得ませんでした。とうぶん木蘭さんの顔も見たくないと思っています。本当に吐いてしまいそうだからです。

本来は、「顔も見たくない」と書いた私の方が、泉美木蘭さんに許されるまで、その前に出ることが許されないはずです。
道場門弟の方々にも、お世話になりました。「尊敬できる師範になってください」というカレー千兵衛さんのお言葉、胸に染みました。「尊敬できる人間になってください」という意味にも受け止め、出直してまいりたく思います。

イボ道場を外野からウォッチングしていた人ならば、師範だけではなく、参加者からもやる気がないように責められ、ギャラが発生するわけでもないブログをもっと頻繁に更新しろと命じられ、ブログをあげたらあげたでエキノコックスからその内容についてダメ出しされ続けていたら、そりゃストレスも溜まるし、明らかに自分より文才のないエキノコックスに偉そうに指図される謂れはないと思い、嫌味の一つも言いたくなる気持ちも分かるでしょう。

エキノコックスにとって切通理作が道場に残っているのが相当に不都合なことであるのは一連の流れを見ていれば誰にでも分かります。
しかし、何故不都合であるのかは当人が語らなければ何も分かりません。
憶測で良いのならば、いくらでも語ることは出来ますが、そんな夕刊フジやデイリー・メールみたいなことを書いても仕方がないので、その件に関しては何も言いません。


さて、話は前後しますが、2016年12月の道場に三浦瑠麗がゲストとして登壇しました。

昨日、三浦瑠麗氏と会って「おっ!」と思ったのだが、美人度がアップしていた。ゴマすりで言うのではなく、化粧法が変わったのか、肌の艶も良くなっていて、今まで見た中で一番美人に見えた。「ゴー宣道場」では、三浦氏はこの美人度を保って登場してほしい。

今年最後の「ゴー宣道場」は優雅な刺激をもたらす3時間だった。なんといっても三浦瑠麗さんの気合いの入った夜会巻き風のヘアスタイルとエレガントなワンピース姿を見て、わしはそれだけで感謝してしまった。今まで「朝ナマ」で見たどの三浦さんより綺麗だった。

「ゴー宣道場」の忘年会を行なったが、どうしても費用的に20名しか呼べなかったのが無念だった。一人1万円以上かかったから、師範・スタッフ入れて10名、合計30名が費用的にも、貸し切りにするレストランの人数の制限からも、ギリギリだった。

三浦瑠麗が参加した回は終了後に忘年会があり、その忘年会に参加した人からエキノコックスとパンダーウーマンが三浦瑠麗に対して、どのような発言をしていたのか聞きました。
そのことについて、次回書いていきたいと思います。

女性は女性で、自己肯定感や承認願望を満たそうとして、他の女性に対して「マウンティング」するという行動を始める。これ、誰でも陥りそうな落とし穴。

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