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イボ理論を振りかざすシンパ

前回、イボシンパは自分自身でデータを調べず、ただイボナメクジが垂れ流すデマを鵜呑みにするだけで真実を得た気になるやべえ連中であると指摘しましたが、つい最近もそれを証明するサンプルがありました。
イボ道場の最下層民エセただしがTwitter上で、ずっブロさんと壇ミッツさんに自ら絡んで行ったのです。
(※ずっブロさんのアカウント名はローズマリー@tpwCvTgyqNtdIRbで、壇ミッツさんは葉月蓮@hazuki_lenであります)

エセただしは何を思ったのか、おそらくは何も考えもなしにイボ検索をし、イボ批判をしているアカウントの中から女性とおぼしき人を見つけて、一つ説教をしてやろうと、軽い気持ちでリプライを飛ばしたのでしょう。

ずっブロさんはイボの珍コロ論という個別テーマについて批判を展開しており、壇ミッツさんはイボの古びた感性について軽くツッコミを入れておりました。

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壇ミッツさんのツッコミに関して、イボのその表現を一流のギャグと捉えて笑える人があるとしたら、それはその人にとって面白いのだから別にどうでも良い話です。
そのマンガの流れの中で女性用下着をマスクに代用している意味はほぼないので、不条理ギャグでも狙っているつもりなのでしょうが、壇ミッツさんが仰るように、その感性に疑問を覚える人は少なくないでしょう。
そのつまらないギャグについて、伊藤詩織さんの件や女性天皇の問題に繋げるのは、ともすると牽強付会になってしまうのではないかと私は思うので、その辺りは私と壇ミッツさんの意識が多少違うのでしょう。

それはともかく、その壇ミッツさんのツイートに対し、エセただしは《頭を柔らかく、柔らかくです😌柔らかくしなければ、批評も批判も出来ませんよ😉》とトンチキなリプライをしています。
頭を柔らかくしたら、死ぬほどつまらないイボギャグが笑えるものになると言うのでしょうか?
このリプライには誰もが一体どういう理屈なのかと首を傾げるところでしょう。
壇ミッツさんもポカンとしたようで、《??? 君よりよほど柔らかいですよ。》と返し、更に《こういう「表現」を受け入れられるのは、頭の固い古臭い感性の持ち主だと言ってるんです。》と至極まっとうな回答をしています。

その回答に対し、エセただしはすぐに返事をしているのですが、ただ一言《逆です、逆。》と書いているのみで、何がどう逆であるのか説明がありません。
そんなリプライを飛ばされたところで相手が納得するわけがないでしょう。
壇ミッツさんは頭が硬直した古臭い表現であると断じているわけなのですから、あのパンツマスクが、いかに斬新で優れた笑いの表現であるか解説してみせなければならないのです。
それが出来ないのならば、ハナからクソリプを飛ばすなという話です。

そして、あのつまらないパンツマスクの絵を笑えるなどと公言出来るのはイボシンパのみであるという意味で、《小林界隈はそうかもね》と壇ミッツさんが呆れた調子で返すと、エセただしはイボマンガを必死のパッチで擁護してみせるのでした。

曰く、《風刺です。爆笑問題や、たけしや、有吉やザキヤマなども、よく風刺するでしょ。笑いの原点は風刺ですよ。風刺した本人が、発言したような行動をとっているなんて誰も思わないでしょう。

パンツマスクが風刺とはなかなかエスプリがきいていますね。
つまりはマスクなんて女性用下着を被っているようなものであると一コマで表現したわけですね。
なるほど、それの何が面白いのか分かりませんし、そもそも風刺にもなっていません。
当然、壇ミッツさんは次のように返信しました。

だから、「一般には」風刺になってないって言ってんです、最初から。まさか、小林があの絵みたいなことしてると言ってるって思ったの……? だとしたら会話にならんよ。

そう、エセただしは会話がまったく出来ない男であるのは今に始まったことではありません。
確か、壇ミッツさんがTwitterアカウントを作った当初にも止せば良いのに絡みに行って、まるで話が噛み合わない状態になっていましたよね。


会話が成り立たない男に呆れた壇ミッツさんが《あれ、そういえばニセただし君て設営隊員じゃなかったっけ? まだただのライジングコメント常連だったっけ?》と、あえて挑発するようなことを言うと、「男としてのプライド」を「女ごとき」に傷つけられたエセただしは半泣きになりながら、思いつく限りのイボしぐさをぶつけるのでした。

一般(的)にはなんて言いながら、あなたの主観じゃないですか。そして、こちらが言ってもいない事を言ってるが如く書く。論点ずらし、印象操作ですね。ましてや、いきなり呼び捨てで書いたり、私に君付けですか。人とのソーシャルから学び直した方が良いかと。

「言っていないことを言うな」「論点ずらしをするな」「印象操作をするな」とはイボ界隈が論に窮すると必ず言い出すイボしぐさです。
そして、ほとんどの場合がそれは単なる言いがかりです。更に笑うのが、そこに「僕を君付けで呼ぶのは無礼だ!」という珍妙な抗議まで付け足したエセただしクン。

この言いがかりに対して、壇ミッツさんは余裕綽々で《どこが論点ずらしでどんな印象操作してる?
いきなり呼び捨てって、「小林よしのり」と書いてることですか? 著名人を呼び捨てするのはよくあることですよね? 小林が『君と僕』について書いた事はご存知?
「人との"社会的、社交的"」を学ぶってどういうこと?因みに『風刺した本人が、発言したような行動をとっているなんて誰も思わないでしょう』って書いてるから、まさか小林があの絵みたいなことしてると思ったの? とリプしたわけです。そんな訳ないじゃん、って意味でね。 》と完膚なきまでに叩きのめして見せます。

このあとの展開は正直追いかけるのもウンザリしてくるものです。
確かエセただしは五十近い年齢であったと思うのですが、彼は一体これまでの人生で、他人と会話をしたことがないのだろうかと疑問に思うほど言葉のキャッチボールが出来ないのです。
いくら取りやすいボールを投げても決して受け取ることが出来ずにグローブから取りこぼすので、見ているだけでイラついてきます。

エセただしは返します。
風刺に対しての一般的な見解を書いたのですよ、私は。あなたが最初に書いていた「ヤバい感性」「真逆な本性」に対しての答えになっていると思いますよ。あなたは急に『小林』と書いたでしょう。“君付け”の方には答えないのですか。ホンッッット、ご都合主義ですね。

私はこのエセただしのリプライを読んで、「あれ? 壇ミッツイートを読み飛ばしちゃったかな?」と一瞬戸惑いました。
もはや「論点ずらし」とか「印象操作」とか、そんなものですらなく、ただただ会話を成立させることが出来ない奴ら、それがイボシンパであるのです。

そんな奴が相手でも壇ミッツさんは丁寧に説明を続けます。

あのですね、最初のツイは小林よしのりの「表現」に対する批判っていうのは理解してもらえてます?

で、君の見解を含めて「時代遅れ」だと言ってるんです。

私は以前から自分のツイで小林よしのりと呼び捨てにしてます。

君付け呼びに何か問題ありますか?

距離感ということなら、君の最初のリプも相当なれなれしいですよね?

ご自分のふるまいはノーカウントですか?

そちらこそ深呼吸してからリプなさっては?

小林ファンなら、小林が書いた『君と僕』論考をご存知かと思いまして、あえて君、君付け呼びしております。

小林ファンでない方には、"さん"や"様"など使い分けでますが。

また、特に親しくもない不面識の相手を「あなた」呼びすることに抵抗もあります。

まあ、「君付け」にした理由は明らかに挑発であり、そこに上にあるような意味づけをすることは挑発の上塗りであると思いますが、その挑発に安易に引っかかる「プライドの高い男」エセただしのマヌケぶりが浮き彫りになるのでよしとしましょう。
(と、何故か謎の上から目線で高みの見物をしてみる)

独りよがりの偏向した主張ですね。

「小林よしのり」は名詞、「小林」と呼び捨てにするのとは違います。

小林先生のファン限定で使い分けると言うのも、あなた個人の都合なだけであり、一般的では有りません。

『君と僕論考』とやらを使いたかったのなら、普通、先に尋ねるでしょう。

『“私の見解も含めて”時代遅れ』なんて、最初からおっしゃっていたように書かれていますが、今、初めておっしゃったんじゃないですか。こういう所ですよ、論点ずらし、印象操作。

アンチ小林先生のテッパンですよ。

そして、自分の一方的な言い分のみを吐き散らかす。議論などする気もないのでしょう。

普通は、面識のない人と会話する時には、相手を『あなた』と呼びます。いきなり『君』なんて呼ばないでしょう。ましてや『◯◯君』なんて。あなた個人の感覚、事情を言われても困ります。

ちなみに堀辺先生の『君と僕』のお話は、面識のある相手との関係性の事だと思います。

エセただしは自分のプライドを守るために必死の弁明をしてみせます。
一体このマヌケがどうしてプライドを持てるのか不思議ですが、その必死さだけは伝わってきます。
「小林よしのりは名詞。小林とは違う。だから小林と呼び捨ては失礼」という謎理論。
ゆで理論より謎すぎます!

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「僕は君を君と呼びたいのだが、どうだろう? 承知してくれるかな?」というのが、エセただしのTwitterでの作法らしいのですが、そういうエセただしは壇ミッツさんに対して、「私はあなたをあなたと呼びたいのだがどうでしょう? 承知してくださるかな?」と尋ねてはいません。
そして面識のない人との会話について勝手に自分ルールを押し付けてくることの異常性に気づきもしないのです。

壇ミッツさんはクソリプを飛ばされた時すでに「古臭い感性」と返していたにも関わらず、「時代遅れなんて初めて聞いたぞ。論点ずらしだ!」と言うのは、「古臭いと時代遅れは同じ意味で使っていても言葉が違うから違う意味」というバカボンのパパみたいな理屈が頭脳に渦巻いているのでしょうか。
自分の一方的な妄言を吐き散らかしているのはエセただしの方であると、シンパアンチ問わず誰の目にも明らかでしょう。

こんな途方もないマヌケは普通に生活していても出会うことはないですが、イボ道場にはこんな奴がうようよしているのです。
だから道場に参加すると同類がいて、自分は一人ではないと安心し、自分がおかしいのではなく、道場以外の世間の方がおかしいのだと勘違いして、このようにTwitterなどで社会正義を遂行しているつもりになってクソリプを飛ばすわけです。

壇ミッツさんはそれでも丁寧に返信して差し上げるのですから頭が下がります。

「小林よしのり」は呼び捨てにならないという認識でしょうか?

ニセただしさん(君と呼ばれるのはお嫌なようなので)が小林ファンだと思ったので『君と僕』論考をふまえただけです。先に聞くべきでしたか。失礼しました。

ニセただしさんを"一般"と分けたわけです。

"あなた"が絡んできた、一番最初の私のツイをよく読んで下さいね。

「こんな表現は今時通用しないよ」という主旨ですから、「時代遅れ」なんだよ、という解説と申し上げればご理解頂けますでしょうか?

結局、こちらのツイを理解するつもりもなく、ただ『小林アンチを叩きたい』だけのループになってますよ?

私がそちらの言いがかりに答えると論点ずらしと言われたのでは「会話にならない」でしょう。

ニセただしさんが「風刺についての一般論」と言ってるのは、芸人さんの名前を挙げたツイのことですよね?

ただ『これこれの芸人さんも風刺をしてるでしょ?』と言ってるだけのようですが、どちらにしても古臭い感覚ですね。

『君と僕』については、議論する相手を「君」、つまり自分より上の人として敬い、自分を「僕」、つまりしもべとしてへりくだる感覚という"心構え"として、小林ファンであるニセただしさんとのやりとりにふさわしいかと思ったまでです。

しかしかえってご不快にさせたようで、お詫びいたします。

最後に、ニセただしさんが「こういうところ」と言っている"論点ずらし、印象操作"についてですが、申し訳ありませんが、ニセただしさんのリテラシー不足による誤解ではないでしょうか?

こちらは論点をずらしたくないですし、ニセただしさんの印象を操作する必要などありませんから。

これ以上ないまでの完膚なきまでの猛ラッシュで、完全にノックダウンをしたエセただしですが、なんと、この壇ミッツイートに対して、「追い詰められたから逃げるのか!」などと返信しているのですから、そのマヌケぶりには驚かされます。
自分がノックダウンしていることに気づかずに、まだ食い下がっているのです。
もうテンカウントが済み、倒れたままでいるというのにです。

これもイボシンパ名物「Twitterでは最後にリプを残した者の勝ち」という意味不明な珍ルールです。

一般的な感覚、常識が著しく欠如されていると思わざるを得ません。読み返して下さい、全て、あなたの個人的な見解・感覚ですよ。気付きませんか。気付きませんよねえ。

ただ、ご自分の主張を押し付けたいだけ。否定など許さない。やはり人とのソーシャル、じゃなかったディスタンスからですかね。

『最後に』なんて書いていますが、追い詰められて逃げたくなりましたか。そうは問屋が卸しません。

こちらが書いていない事を書いたかの如く書く。論点ずらしも、またありました。不都合な事はスルーもありましたね。最後と決めたからか乱れ打ちでした。

アンチ小林よしのりの決定版のような方ですね



あ少々長くなりましたので、次に分けましょう。
今回のやりとりを読んで、イボシンパのヤバみに戦慄した人もいるでしょうが、引き続きお付き合いください。

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