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ゴー宣道場の鉄骨渡り

2019年6月、エセただしは私の告発ブログへ何じゃあ、こりゃあ。Σ( ̄□ ̄)!! 笑いのセンスないですね。と投稿し、更にジョーカーを気取っているのでしょうか? はっきり言って全然カッコ良くないですよ!!! どうしました?! 1度や2度や3度の挫折くらい、どうだって言うんですか??! カッコ悪く生きて、どうするんですか!!!という返信を送って来ました。
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私はそのツイートの意味するところがマジで分からず、《申し訳ありませんが仰っている意味がまったく分からないのですが、ジョーカーを気取るとか挫折とか何の話をしているんですか? あなたのコメントへの返信をもう一度貼りますので、それを読んでからリプライして下さい。 あなたは被害女性を侮辱したことを自覚した方が良いですよ。と書いて、ブログコメント欄での返信画像を添付しました。

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この私の返信に対してエセただしはこれが真実でも、真実ではなくとも、男と女の個人情報でしかありませんよね。このやりとりからは、無理強いをしているとは思えませんが。こんなプライベートなことを、公衆の面前に晒す行為を、あなたはどう思われているのですか?と応えました。
この時点で、エセただしは私のブログの存在を認識し、更には読んだ上で、壇ミッツさんとイボの関係は健全な男女交際であり、それは私的なものであるのだからメール内容を公開することはいかがなものかと言うわけです。
この言い分は元TBSワシントン支局長の山口敬之が伊藤詩織さんのとった行動について疑問視しているのとまったく同じ論理展開です。
そうである以上、彼は山口の証言をこそ信憑性のあるものとして支持し、伊藤詩織さんは男女間のプライベートなことを公衆の面前に晒した不埒な女として批判しなければ理屈に合いません。

ゆえに私は次のように返信しました。
なるほど、あなたはこれを「親睦メール」と捉え、ブログの内容を「妄想」「悪質な捏造」だと思われているわけですね。
私がどのようにしてこの画像を入手したのか、その経緯も無視して、まるで山口敬之の言い分を信じるのと同じように、師範の立場ある者が門弟に手を出すことさえ肯定するのですか。

それにエセただしは次のように反応してします。
『親睦メール』『妄想』『悪質な捏造』…どれも私は書いていませんよね。完全な印象操作・レッテル貼りじゃあないですか。私がかつて目にしていた文章を書く方だとしたら、落ちぶれてしまいましたね…。物凄く残念です。
男女間のプライベートなメールを公衆の面前に晒す行為が卑しく気持ち悪いの!
こんなの私的なメールじゃないですか。この行為自体が、悪趣味ですよ。
先生や師範方が私的に何をやっていようが、全く関係無いし興味も無いですよ。》 

エセただしはTwitterでのリプライで、どういうつもりかスレッドを分けて複数回答をして来る為に対話が枝分かれして、それこそ「とっちらかって」収拾がつかなくなります。
最近ずっブロさん(ローズマリー@tpwCvTgyqNtdIRb)や壇ミッツさん(葉月蓮@hazuki_len)にも同じことをしているのを確認し、意識的にか無意識的にかは分かりませんが、おそらくは自己防衛のつもりで、あえて議論をとっちらかるよう誘導しているのだろうと納得しました。

私は二つに枝分かれした返信を受け、生真面目に両方に返事をしました。
要約というものをご存知ないのですか?

あなたは相手が言ったことを指摘する時にいちいち一言一句違わずに長々と語ってから、それに反論するのですか?

あのメールについて「親睦メール」と捉え、私のブログは「妄想」であり「悪質な捏造」と判断したから私に絡んできたわけですよね?
小林よしのりは私の妻の私的な行動(それ自体がデマですが)をネットの生放送で泉美木蘭と共に晒して笑いものにしていましたが、あなたはそれを咎めましたか?
また他にも元門弟の個人的な恋愛をブログで暴露したりとしていますが、それは悪趣味ではないと?


繰り返しますが、エセただしとのこのやりとりは2019年6月にしたものであり、イボナメクジが私の妻についてのデマを流したのは2018年8月のことです。
エセただしはイボシンパでありながら、一年前の生放送を初めて観たかのように返信してきました。

ニコ生を見ました。ようやく全体像が見えてきた気がしています。

おそらく、公と私なのだと思います。

最初、あなたのブログを読んで、私憤は公に晒すべきではないと思いました。男女間の関係があったとしても、また、あなたの誤解があるのだとしても、あなたの書き込みは私憤だと思いました。

メールの内容は、『本当かなあ』と正直思いました。ブログの中身にも嫌悪感を持ちました。『誤解から拗れているんだろうな』と思いました。先生を信じているので。

一番非難したかったのは、ツイッターに書いた事です。私憤を公衆の面前に書くのはダメだと思ったからです。

あなたの、ツイッターの貼り付け画像や、『オドレら正気か!』を見て、当人なら、堪らないだろうなと思いました。酷いんじゃないか、とも思いました。過去からの時系列や細部が何となく繋がった思いです。

やはり思うのですが、“公”と“私”なのではないでしょうか。
小林よしのりさんがやっている道場は公です。そこに、個としてではなく私として関わると、公への弊害になってしまう。ゴー宣道場は、小林よしのりさんが運営しているので、内部の問題の公は小林よしのりであるのだと思います。そして小林よしのりさん自体は、聖人君子ではないのかも知れません。
それでも、小林よしのりさんが運営されている以上、道場の内部の公や、最終決定権は、小林よしのりさんが持つべきかと思います。

エセただしは長々と何かを語っている風に書いていますが、その内容は要領を得ず何を言いたいのかわからない悪文の典型です。
エセただしの言う「男女間の関係があったとしても」とはどこにかかっている言葉なのでしょうか?
イボが私の妻へのデマについて言っているのならば酷い侮辱でありますし、「あなたの誤解があるのだとしても」も意味不明です。
あの生放送を観て、私は何を誤解したというのでしょうか。
今一度書き起こしのリンクを貼るので、私がどこをどう誤解しているのか指摘して欲しいものです。


それとデマを流されたことに怒り、批判することを「私憤」だと言って軽んじるとはどういう神経をしているのでしょうか?
私憤を公衆の面前に書くのはダメだと思った」からブログコメント欄に「何じゃあ、こりゃあ。Σ( ̄□ ̄)!! 笑いのセンスないですね。」と嘲弄したのでしょうか。
デマに対する怒りを表明している者をからかうとは大したゲス野郎です。

エセただしは「『オドレら正気か!』を見て、当人なら、堪らないだろうなと思いました。酷いんじゃないか、とも思いました。」と書いていますが、ここでの当人とは誰を指しているのかはっきりしません。
もしも私や妻を指しているのならば、イボの酷さを認識した上で未だにイボに無批判でいられるエセただしは完全なヤバイ奴です。
エセただしは続けて、「内部の問題の公は小林よしのりであるのだ」「道場の内部の公や、最終決定権は、小林よしのり」と言い、道場内部でイボナメクジがどのように振る舞おうとそれは許されるべきであると説くのでした。
道場の公はイボ。つまりはイボ天皇の誕生です。

私は呆れ果て、次のように返信しました。
申し訳ありませんが、何を言っているのかさっぱり分からないのですが、もう少し頭を整理されてからリプライしていただけないでしょうか。
個人ブログで私的な感情を書いてはいけない理由も教えて下さい。

私はブログの中で内容について信じるも信じないも自由だと書いていますよ。

あなたが小林よしのりを信仰対象にし、彼に帰依するのも自由ですが、その考えをこちらに押しつけてこられても困ります。

妻を侮辱されて憤りを覚えることがそんなにおかしなことですか?

「当人なら堪らない」の当人とは誰を指しているのですか?

リプを飛ばす以上は相手に伝わるように文章を書いて下さい。意味の分からないリプを投げつけられても当惑してしまいます。

私はゴー宣道場が公論の場であるとは今はまったく思っていませんが、あなた方がそのように思うのは自由ですので、内部で勝手にそう思っていて下さい。

「道場は小林よしのりが公」だというのは私も同意見です。

それにしても「内部の問題の公」ってなかなかのパワーワードですね。

「左に右折」みたいな。


この返信を受け、エセただしはマヌケな返事を送ってきました。
当人とは、あなたの事です。ニコ生を見て、酷いんじゃないかと思いました。晒す必要はあるのか、と思いました。

「内部の問題の公」は、言葉がおかしかったですね。

小林先生がお金を出している以上、最終決定権は小林先生にあるのではないかと思ったのです。

私は、小林先生を信用し信頼しています。ニコ生の最後に、あのような話をしたのは、する必要があったからだろうと想像しています。

あなたがSNSに書き込む事が、事実であれば、私に止める権利も責める権利も無いです。事実無根であれば、止めたいです。

先程も書いたように、「当人」とは私を指しているのならば、イボの卑劣を知りながら無批判であるエセただしがしていることは単なるカルト信仰です。
出資者ならば何をしても許されるという考えの先には鉄骨渡りが待っています。
ZOZO前澤や帝愛グループ会長兵藤の娯楽を矮小化したのがイボ道場であると認めているようなものです。
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当然、私は次のように返しました。
公の基準の最終決定権はお金を出している人が持つのですか? それが道場が示している公論であるとあなたは信じたわけですね?

金さえ払えば何をやっても許される公ってなんなんでしょうね。本当に驚きだよ。悲しいことだよ。

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私のブログが事実無根かどうかをあなたが判断することは出来ないのですから、私が初めに言ったように運営サイドに確認をとるべきでしょう。
それが出来ないのならば、あなた自身が仰っているように私のブログを止める権利も責める権利もあなたにはありません。

この私の返信にエセただしは世間の公とは違う、会社内での公があるように、道場の公もあると思うんです。そこの最終決定権は、小林先生だと思ったんです。とイタチの最後っ屁を放った上で、そうですね。申し訳ありませんでした。と自分の非を認めました。

「会社内での公」については以前にも書きましたが、再度指摘しておきましょう。
「世間の公とは違う、会社内での公があるように、道場の公もあると思う」というフレーズの頭の悪さは衝撃的です。
エセただしは公益と社益を同列に並べてはならないという意識がないようで、社会の公共性よりも道場という小さな世界の公共性とやらを重んじ、反社会的行為さえ肯定するわけです。
会社のためには川や海に毒を撒くことも厭わないと言っているようなものです。


ともあれ、私の告発ブログについて、エセただしが削除要請などの嫌がらせをするのは間違っているということを、やっと認めて謝罪したのかと思ったら、何も理解していないようで壇ミッツさんにセカンドレイプ をし始めるエセただしに私は驚愕しました。

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