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小林よしのり泉美木蘭共著へのレビュー

『コロ問い』Amazonランキング「カテゴリ 医学」で1位! | ゴー宣ネット道場
新型コロナ――専門家を問い質す』絶賛発売中! なんと、Amazonランキング、「カテゴリ 医学」でベストセラー1位獲得!!

グローバル経済を批判をしている本の宣伝で、グローバル経済の象徴のようなAmazonのランキングを誇るのはご愛嬌、イボナメクジとエキノコックスというイボ道場の両巨頭が忖度なしのガチのデスマッチ対談をした珍コロ本が絶賛発売中ということで、早速私も宣伝に協力したいと思います。

本日は映画鑑賞ついでに本屋巡りをしたのですが、イボノコック本を入荷している店がなかなかなく、やっと見つけた本屋では小川榮太郎ちゃんや門田隆将ちゃんなどと同じ棚にコソッと置かれていて、「オレでなきゃ見逃しちゃうね」状態でありました。
さすがはベストセラー一位に輝いただけのことはあります。
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さて、そのイボとその寄生虫の共著でありますが、Amazonを見ると、見事なサクラレビューが並ぶなか、なかなか読ませる批評がありましたので、ここに紹介しちゃいます。

「専門家を問い質す」? 「専門家に教えを乞いたい」の間違いでは? なお、コロナ論から2p引用した他には小林の漫画はない
Reviewed in Japan on November 21, 2020

かつて「会社ゴッコ」を書いた泉美木蘭。
共著者である小林よしのりのゴー宣道場について記した「道場ゴッコ」を出すかと思ったら、分数も出来ていない「コロナ論」を書いた小林よしのりと新型コロナに関する本を書いていた。

先ず表紙を見ると泉美と小林の対談のような表紙だが、ケネス・ルオフや田原総一郎との対談ならこのような表紙にするのはまだ分かるが、小林の配下のような位置付け(泉美:ゴー宣道場研究生→ゴー宣道場師範、小林:最初からゴー宣道場代表師範)と小林とではさしずめ漫画家が自分のところのアシスタントと対談をするようなものであり違和感を感じた(もっとも今の小林にとってはまともな対談相手が居ないということなのかも知れないが)。

更に帯のところに各死因を書いているが、そもそも新型コロナ以外の死因は交通事故にしても車利用者の割合や去年までの季節性インフルエンザ(今年のインフルエンザの状況は自説に都合が悪いのでスルーか)にしても分母が違うわけである。
それで新型コロナを大したことがないとするのは帯に書いている「素人の戯れ言」以下の「分数が出来ない小学生」以下と言って差し支えないものであろう。

本を開いてみたら、あとがきや小林と泉美のドアップ写真や(それぞれ2ページと1ページ)、人口も記載せずに各国の死亡者数と感染者数を記した無意味な表に、各国の肺ガン患者や大腸ガン患者の5年生存率といったグラフでページ数を稼いでいたがそれでも157pしかない薄めたカルピスのよような水増し状を呈していた(他にも131pで性もない火の玉の脚注やサティアンの脚注などで明らかに行数稼ぎにしか見えないものがあったが)。

取りあえず肝心の中身はどうかと思って開いたが、これまた小林がこれまでコロナ論などで述べていた話の繰り返しのようなものであり中身についても薄めたカルピスのようなものであった。

新おぼっちゃまくんや大東亜論の打ち切りや思ったほどには売れなかったコロナ論で金に困っているかは分からないが、取りあえず国民の関心が高いコロナについて薄めたカルピスのように同じ言説の繰り返しになってでも本を出そうとする今回の対談本は「小林はそこまで金に困っているのか」と思わしめるとともにコロナ論以上に首を傾げざるを得ないものであった。

・p12 新型コロナは最初からインフルエンザ以下だった

小林:「コロナは弱毒性で、感染力も弱いぞということをずっといい続けているわけよ。何で、何でインフルエンザと比較した結果を誰も言わないの」

泉美:「さすがに夏になればインフルエンザほどではないなという話になるだろうと思っていたんですよ。でもそうはなりませんでした。「そんなに心配する感染症でありません」とはテレビに出ている専門家は言いません。」

とあり、小林はインフルエンザでは2019年で三千人も亡くなり、一方で新型コロナはまだ千五百人だとしている。
だが、夏の時点でも新型コロナは収まらず、一方でインフルエンザは例年に比べて激減していたわけであるから普通に考えて泉美のような発言はまともに考えている人ならば誰も言わない。
インフルエンザと比較すれば感染者数も違うわけであり、致死率からして明らかに桁違いであるわけである。
間違いを認めない小林の性格なのかもしれないがインフルエンザと比べて弱毒性とも感染力が弱いとも普通に考えたら出てこない発言であろう(まぁ、世間の逆を言って耳目を引きたいだけであろうが)。

17~19pでは「日本人の死因について」とのコラムやグラフ等があり、その中で交通事故や餅を喉に詰まらせたり風呂で亡くなる人数がコロナで亡くなる人よりも多いことを示していた。
しかしながらよしりん企画にとって風呂にも入れず正月に餅も食えない、言わば風呂や餅が高嶺の花と言うならまだしも、普通に考えたら風呂や正月の餅はほとんどの人が接しているものである(車利用者や車に接する機会も含めてそうだが)。
一方で小林はコロナ論でも新型コロナの感染者数を示していだわけだが、このように分母が桁違いなものを同列に論じるのは小林と泉美が揃って分数も出来ないか、或いは売らんかなで取りあえず世間の逆を言おうということなのであろう。

・p24 マスクもフェイスシールドも、ムダなんじゃない?
では相変わらずマスクの効能を否定的に論じていたが、完全ではないにしても飛沫を数割でも抑えることが出来ればそこは効果が出ているわけである。

さらには
小林:「どこかの会社で、社員100人のうち50人ぐらいが集団感染していた」
とあるが今年のインフルエンザの激減からしたらこういったことを述べている時点でインフルエンザよりも感染力が強いということに思いをいたさないのが小林であろう。

・30p サイトカインストームも後遺症も新型コロナ特有ではない

新型コロナを敢えて大したことがないとする小林らは後遺症の問題についてもインフルエンザ等と同列的に論じているが、そもそもインフルエンザでは割合的に後遺症の問題はそこまで問題にならなかったものである。
更には、

泉美:「普段から「今年の風邪は長引くねえ」ということはありますから」

と述べているが、風邪で新型コロナで問題になっているような脱毛なんてものは出てこないわけである。
立場上、小林をヨイショし、小林の適当な言説もフォローしないといけないのは分かるが、曲がりなりにも専門家への挑戦状だとしている以上は長引く風邪と同列に論じて軽視するのでは後遺症問題について数値なりを示してきちんと向き合うべきであろう。

そして全体を通して首を傾げたのが小林らは集団免疫だと主張していた割に言っていることが矛盾しているのである。

・86水際対策に出遅れたら集団免疫策しか残らない
・36p 薬とワクチンに期待するテレビ脳はキケン
小林:「わしは、インフルエンザでも打たない」
小林:「それでいて、ワシはよしりん企画の従業員には「インフルエンザのワクチンを打っておけよ」と言っている。」

・20p 恐怖を煽る報道で「普通」が分からなくなった
小林:「正しく恐れなければいけない、なんて言っているけど」
泉美:「あのう、正しく恐れるって、どういうことなんでしょう。論理的に考えながら、背筋を伸ばして恐れる、とか?」
小林:「わからん(笑)。わしは、インフルエンザを、普通に恐れている」
泉美:「普通に。あははは。」
小林:「(略)外部から仕事にやっている人がいる時は、「熱があるとか、インフルエンザにかかっているような奴は来るなよ」と言っているんだ。自分がかかりたくないから(笑)」
泉美:「先生の場合は、寝込んでしまうと仕事が全てストップして、大変なことになりそうですね」


このように小林は集団免疫戦を唱えながら自身は決して集団免疫戦の一翼を担おうせず、自分だけは後方の安全圏から督戦して他人を戦わせようとしている。
集団免疫戦により他人も仕事がストップしたり失職するリスクがあろうがお構い無しであるということを露呈している。
泉美も適当に相槌を打っているが。

・130p 日本は土葬しないし、ゾンビも居ない
→ゾンビは日本に限らず他の国でも居ないだろう。

136 あなたは、どの専門家を信じますか?
→感染症問題については漫画家やその配下の人間よりも医者の方を信じるであろう。

139 ニューヨークの自己隔離と「人権侵害」に抵抗しない日本人
→小林らが散々持ち上げている国会議員である山尾は隔離策を主張しているが是非ともその点について論じるべきであろう。
それをせずに山尾との関係を重視して山尾については一切批判しないとするならば小林が否定している正に偽物の社交ではなかろうか。

このように今回の本は個々の記載内容も首を傾げざるを得ないものであるのみならず、中身もコロナ論の焼き直しのようなものであり金を出してまで買うものではないであろう。
立ち読みで十分である。》(ハイドリッヒさん)

実に興味深い批評ではありますが、一点だけ同意しかねる記述があります。
レビュー主であるハイドリッヒ氏はこの対談について、「薄めたカルピスのよう」と喩えていますが、カルピスは極限まで薄めてもやはり美味であり、正確に例えるならば、「薄めた泥水」または「薄めたヘドロ」と言うべきでしょう。
しかし、それにしてもシンパによるサクラレビューで埋め尽くされているなかで実に誠実な批評であり、痛快でもあります。

この記事へのコメント

  • 近所の公園に信者を集め、イボナメクジがミカン箱の上に立って演説をし、信者のスタンディング・オベーションで尊師が悦に浸る。
    それがイボナメクジ道場。
    全国展開は誇大広告で、実際は全国の公園を転々としながらの小規模開催のように見える。

    本当にブログで書いているように影響力はあるのか?
    イボブログ、イボナメクジ通信意外で、コロナウイルスに対するイボナメクジの主張を耳にしたことはない。

    影響力は岡田晴恵さんの方が断然上だ。
    今の世の強張りの中、テレビに…モーニングショーに出て自身の考えを主張してみろ!

    ワシは本の力を信じる。
    笑わせるな、逃げてるだけだろ!

    笑わせるのは顔だけにしてくれ!
    2020年12月02日 23:32