《基礎疾患のある高齢者は免疫力が落ちてるから死にますよそりゃ。》
《井上和香は夫と濃厚接触したからじゃない? わしがインフルエンザに罹ったときは、あんなもんじゃなかったね。喘息も同時に併発するからね。》
《モーニングショーに土谷隆というゼロコロナ派の馬鹿学者が登場してきた。ゼロコロナなんてカルトを信じる者がまだいたのか。》
《いちいち陽性者数を気にしていること自体がキ〇ガイ沙汰。》
激しい言葉でイキッてみせるイボナメクジはそこいらのチンピラと言っていることは大差ありません。
「ジジイやババアがくたばるのは当たり前。役に立たなくなった老人は処分されるのが自然の摂理。俺らはコロナなんて怖くねーし。なんだったらやってやろうか!」
このようにイキる幼稚なチンピラなんぞ、そこらじゅうに掃いて捨てるほどいます。
ついでに指摘しておきますが、SPA!にしろFLASHにしろ、中高年向けのエログラビアがメインの雑誌であり、今時ネットでいくらでもエロ画像やエロ動画を拾える時代なのですから斜陽も仕方ないでしょう。
マンガという文化を育てているのはあくまでマンガ雑誌であるので、エールを送る先を間違えていますよ。
《雑誌という文化もいつまで続くか分からない。それは漫画という文化を育てる土俵がなくなるということであり、「SPA!」であれ、「FLASH」であれ、頑張って欲しいと思う。》
さて、マンガといえば、イボのコロナ論2の最終ページの総論の酷さについてコメントが届いています。
《上に掲げられたコマはひどいものですね。
今現在人類がコロナによって大量死しても、数億年後の(良い?)進化に寄与すればそれは大したことではない、という意味なのでしょうがそれは誰も検証することができない未来です。無責任です。その進化したのであろう人類も描かれていますが、どれも化け物にしか見えずこれは良い進化ではなく寧ろ悪い進化で、人類が今現在を犠牲にしたとしても遠い未来で起こるのは悲劇でしかないことを示唆しているように見えます。それをイボは自覚して表現しているのでしょうか。
また、進撃の巨人をパロッたのでしょうが(超大型?女型?車力?戦鎚?と思われる巨人や兵士がいる)何故この文脈で使われたのか理解できないのと何よりあまりのクオリティの低さで呆れます。》(二位ユギトさん)
このニヒリズムの極致のようなオチについては私も指摘しておきたいことがあるのですが、それはまたあとにするとして、二位ユギトさんが仰る通り、このクオリティの低さには驚かされます。
確かにマンガは絵画ではないのでいわゆる一般的な画力では計れないものですが、それにしても小学生が休み時間にふざけて描くラクガキの方がまだ魅力的な異形を作り出せるのではないでしょうか。
とても賃金が支払われている専業アシスタントの仕事とは思えません。
絵で魅せる気はハナからないのならばマンガで表現する必要はないでしょう。
確か『新戦争論1』の時もチープな未来兵器を描いて、マンガ読みを呆れさせましたが、それを誇らしげにSFの傑作のように自画自賛していた時には乾いた笑いが洩れました。
笑いというか嗤いです。
さて道場のカルトぶりについてもコメントが届いていますので紹介していきます。
《ヘドロは会場スタッフを騙し討ちにするつもりだったのですね。
スタッフの目の届かないところで大勢がマスクを外して、もしこの会場でクラスターが発生したらどうやって責任を取るつもりでいたのでしょうか。そりゃ、マスクを着けないなら貸せないと会場側に言われるのは当然です。
それで会場側を「マスク警察」呼ばわりは、逆ギレもいいところです。
イボの行為は飛行機のマスク拒否男と全く同じです。》(匿名希望さん)
《下記の考え方に近づいている気がする。
「客観的に見るならば、これは殺生です。客観というのは人間的な客観的な見方をするならば。しかし、ヴァジラヤーナの考え方が背景にあるならば、これは立派なポアです。」(麻原彰晃の言葉より)》(バビル3世さん)《メディアは嘘つきだ、本当のことを言わない。メディアはいつも私とは違う立場に立った報道をしている。こう感じるようであれば、あなたの認知には「敵対的メディア認知」というバイアスがかかっているかもしれません。
ヘドロは「敵対的メディア認知」の見本のような人ですね。》(匿名希望さん)
イボ道場というカルト集団はますます先鋭化してゆくことが予想されます。
苔ナビが設営隊長をしていた時は閉鎖的な田舎の茶飲み友達の集まり程度であったのが、今や立派な準テロ集団へと成長を遂げました。
あとは号令待ちという段階であると見て良いでしょう。
恐ろしいことでございます。
テリブルテリブル。
剣呑剣呑。
イボ情報提供窓口メールアドレス
ibonamekuji@gmail.com
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この記事へのコメント
バビル3世
(その時の気分によって文章が「です・ます」調の時と「である」調の時が
あります。お許しください。)
私は、門下生になったことはありませんが、昔のゴー宣を知る者として、最近
の小林の劣化をとても残念に思っています。
劣化の原因はいくつかあるでしょうが、その一つに自分自身を「知識人扱い」
したことがあげられるでしょう。
当初、小林は「思想村の住人」と揶揄して知識人を嫌っていました。
その頃は、自分の直感的感性を武器に知識人を批判していました。
印象的だったのは、吉本隆明のオウム真理教擁護論を、小林が自身の感性で
痛烈に批判したことです。あれは傑作でした。
(ちなみに、吉本隆明は好きな思想家の一人ですが、あの擁護論は根本的に
間違っていると思っています。)
転換期は「新しい歴史教科書をつくる会」への参加、「戦争論」あたり
でしょう。あの頃から、自分の考えを補強するために、都合の良い知識を
多用するようになりました。そして戦争論は売れ、さらにその手法を強化しま
した。その結果、等身大の感性と知識による強引な裏付けをミックスした
「奇術的なイデオロギー」としての新しい「ゴーマニズム」が生まれたと
思います。この頃から、私は小林のやり方に違和感を覚えるようになり
それ以降、小林の本を購入することはなくなりました。
もう一つの転換期はやはり「ゴー宣道場」の設立でしょう。
当初は松下村塾のような「知の修行の場」を目指していたのかもしれませんが
今ではすっかり「小林の権力の場」となってしまったようです。
その様子は外野から見ていてもよくわかります。
当初は「悟りを求めての修行の場」だったオウムの道場が「麻原の権力の場」
となってしまった経緯とよく似ていると思います