1コメント

ゴー宣道場のロビー活動

民主国家ならば、基本的人権が守られ、個人の信仰の自由や表現の自由が保障されていなければなりません。
つまり誰がイボナメクジを信仰してもまったく構わないし、イボナメクジが何を表現しても自由でなければなりません。
それと同時にイボを信仰する愚かさを指摘する自由もイボの表現を批判する自由も保障されなければならないのは説明する必要もないでしょう。
ここで注意しなければならないのは、その信仰は社会的に野放しにして良いのかということと、どのような表現をしていても許容して垂れ流しにして良いのかということです。

ヒトラーを崇拝している団体がその活動を制限されることなく、いたるところでロビー活動を行なっているとしたら、さすがに何らかの対処を講じなければならないのではないでしょうか。
イボ道場もまさにそれであり、イボナメクジが何を信じ、何を主張していようが自由ですが、シンパを集めて運動団体(宗教団体)と化し、ロビー活動を始めているとなれば対策を取らねばならないのは当然の話です。

これまでのイボ道場の主張などは所詮は観念的なものばかりでしたので社会的には捨て置いてもそれほど問題ではありませんでした。
皇統問題など人の生き死に関わるものではありませんでしたので、どんなトンマなことを喚いていても笑ってツッコミを入れていれば良いものに過ぎませんでしたし、脱原発や改憲を語るとて観念論の域を出ることはまずないので、反対論者も呑気に笑ってその陥穽を指摘する程度で済ませておけました。

しかし世界的課題である新型コロナの感染症対策については生々しく命に関わる問題であり、それを軽率に扱って良いものではありません。
目の前でこめかみに拳銃を突きつけられている人がいたら、とても笑っていられるものではなく、どうにかして助けなければならないと思うものでしょう。
それなのに、拳銃を突きつけられて震えている人を見て指をさして腰抜けだと嘲笑し、安全圏から拳銃を握る者を挑発すてイキる奴が必ず出てきます。
そんな不謹慎なことが出来てしまう俺らスゲー。俺ら無敵と勝ち誇るクズ集団、それがイボ道場の連中です。

ここで問題としているのは他人がこめかみに拳銃を突きつけられているのに挑発し冷笑を浮かべていることであり、もしそれがイボナメクジ自身が自分で自分のこめかみに銃口を当ててロシアンルーレットをしている分には好きにしたら良いでしょう。
新型コロナワクチンに関してはまさにそれであり、接種したくないならしないで勝手にすれば良いでしょう。そのことに関して世間の失笑を買うでしょうが、そんな世間の目など気にする必要はありません。
しかし、連中はワクチンを必要としている人々の権利を侵してくるのですから厄介なのです。
自分たちの正義を盲信し、それを外野にまで押しつけてくるのがカルト信仰が迷惑がられる要因です。
何故、参加したくもないロシアンルーレットに他人を巻き込んでくるのでしょうか。

海上自衛隊幹部学校では毎年、櫻井よしこの特別講話が開かれていますが、それは特定の思想を持った集団によるロビー活動の賜物でしょう。

反ワクチン勢もまた長年ロビー活動を続けており、最近では参議院議員会館で国会議員へ向けてセミナーを開いたようです。
CB04E2EC-B60E-4530-A7D6-FB2CBE666CF1.jpg
成熟した民主主義に必要なものは粘り強い議論の積み重ねであり、その議論を多くの人が共有して思考し、また議論を重ねることであり、発言権を持つ者や決定権を持つ者を扇動したり買収したりするのは以ての外です。
まさにそれがロビー活動であり、ロビー活動は民主主義の腐敗を招きかねない危うさがあるものです。
それは超大国の現状を見ても明らかであり、イボナメクジが批判している皇統男系派(いわゆる保守派)もロビー活動を盛んに行い、自民党の議員の大半がその影響を受けている現実があります。

そんなことではいけない。やはり議論を重ねることが民主主義には肝要であり、それをしよう。そして、ここから公論を立ち上げよう。
そうして始まったのがイボ道場であり、その志の深さに共鳴した人が当初は参加していたのですが、実際にイボが求めていたのは現在道場で展開されているロビー活動、政治運動であり、要するに教科書をつくる会などの保守派の運動から除け者にされたので、その代わりになる居場所(運動団体)を求めていただけだったというオチです。

今でこそ、その本心を隠さなくなりましたが、道場発足当初は政治運動を否定し、長く続けると必ず堕落して運動化してしまうからと期間限定の勉強会だと明言していました。
そうして表向きは誰もが同じテーブルについて同等に議論を展開する、まさに幕末の志士の再現的な謳い文句で喧伝し、マンガではそれがさも成功しているかのように描いていました。
しかし内実は違います。
外野から見ていた方々は、長く続けたことで運動化した結果として今現在の腐敗があるのだと思っているでしょうが、それは違います。
ただ表には見えていなかっただけで内部で行われていたことは今と寸分違わず、真っ当な議論など一度たりとも行なわれていませんでした。
それは門弟(門下生)として参加し、道場メーリングリストで議論をしようとして、それが叶わず失望して去っていった人たちはよく知っていることでしょう。
しかし失望した多くの人たちはそのことを口外せずにいたので、外野に知られることはなかったのです。

「辞めるなら黙って去れ。去ったあとで批判するのは卑怯者」

イボのこの口封じのワードを忠実に守るのは馬鹿げたことですが、人はやはり卑怯者などと呼ばれるのは心外ですし、失望した相手についてわざわざ時間を割いて語るのも面倒だし、そもそも語る場所もないので皆沈黙を余儀なくされたわけです。
その結果、外野から見たらこれまで道場ではそれなりに議論が積み重ねられていたと錯覚されてきたのです。

私が初めて道場に参加したのは、もうあと1年足らずでイベント期間が終了するというので、どんなものか実地体験してみようという好奇心からでした。

初参加して何日か経てドロヘドロからメールが届き、道場メーリングリストに登録してくれないかと依頼を受けました。
道場メーリングリストは門弟登録をした人のみが入会するクローズドな場所であり、私は門弟などになるつもりはなかったのでその権利を有していなかったのですが、道場公式掲示板での私の投稿に興味を持ったイボナメクジがメーリングリスト活性化の為に必要だと言ったらしく、それならばと引き受けることにしました。
その時のメールのやりとりでのドロヘドロの尊大な対応に思うところがありましたが、そこは私の方が大人になり、ぐっと堪えて快諾したのです。


そうして道場メーリングリストに参加した当時、私が何を感じていたのか、今の私が書いても、あとになって不満を捏造して叩いていると思われる方もごく少数ながらいらっしゃるかもしれませんので、当時の私のTwitterでの投稿からメーリングリストの内情について理解していきましょう。

A123A23F-E0F6-4ED0-9753-05E772E7E348.jpg

DE0DABE2-9C1F-47A5-A59D-23C67BADD460.jpg

96387B8F-A87B-43AD-825D-8A9D56212782.jpg

B682FD3E-FE1B-4729-811D-7662E0C3D9C5.jpg

4065A74F-7F07-4326-B55A-060BC7149D02.jpg

2012年から2013年の時点で内部の状況を憂いているのがよく分かります。
これは別に意見が合わないとか意見が違うということを問題視しているわけではなく、会話が成り立たないことやその選民意識や虚偽報告の酷さに辟易としていることが窺い知れます。
社会生活を送っていれば意見が合わない人などざらにいますが、そんな相手とも対話を続けることは出来ます。
しかし選民意識が強かったり差別感情を剥き出しにしていたり嘘しか吐かないような奴とはまともな人間関係を築けるわけがないので、距離を取るようにするのは当然の対処法でしょう。

A13EF7F2-61A2-42FE-8218-A3F9EE2DAB3D.jpg
イボ情報提供窓口メールアドレス
ibonamekuji@gmail.com

FC2ブログコメント欄(非公開設定も可能です)

TwitterのDMでも情報提供を受け付けています。

この記事へのコメント

  • shinkimu

    こんにちは

    >「辞めるなら黙って去れ。去ったあとで批判するのは卑怯者」

    私の時代は「言いたいことがあるなら堂々と言え」といつも言われてましたね。

    なので週刊誌の飛ばし記事について私がトッキーを批判してメーリスが荒れた時、「では次回の道場で少々説明する時間をもらえますか」と言ったところ、最初はOKだったのですが最終的には笹が出てきて、何か色々理屈をつけてそれは今回はなしにしましょうという話になりました。
    今考えればそれも当たり前でKYの私にLIVEで妙なことを喋られたらそりゃ困りますよねw

    鷲ヲさんにもいつも言われますが、当時は道場は運動の場ではなく日本を変えるための時限的な議論の場で必要とあればワシは批判されたいのだと小林さんはいつも言っていました。

    そういうことをいちいち真に受ける私もどうかしてますが、そういう真剣勝負の場という雰囲気は当時は確かにあったんですよ。
    今となってはとても信じられない話かと思いますが。


    2022年02月27日 13:37