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「ブログはタダだから気軽に無責任に書く」

諸々のことについて、とりあえず短く書き留めておこうと思います。

あとで探してみようと思いますが、岡田斗司夫が日本軍と慰安婦が笑顔で一緒に写っている写真を見て、それだけでイボナメクジの主張に軍配が上がったというようなことを言っていたとイボがマンガの中で紹介していた記憶があります。
この岡田斗司夫の発想は元TBS記者の山口敬之の「本当の性被害者は、記者会見の場で笑ったりすることは絶対にない」という発言と同類であります。


イボナメクジはそんな岡田斗司夫の発言を賞賛していたことは忘れてはいけません。


次にイボナメクジがペドナメクジであることは誰もが認めるところでありましょう。
それはイボナメクジの著書『AKB論』を読めば一目瞭然でありますし、そのあたりに共鳴している類友が道場にも集まっているのもイボが真性ペドであることを示しています。
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おそらく、そのことについてイボは「成人女性を抱いてきたわしがロリコンなわけがない!」と必死に否定されるのでしょうが、そんなイボは次に紹介する記事を読んでみるが良いでしょう。

似たような認知のゆがみは性犯罪者全般に見られるものなのですが、小児性犯罪者特有だと感じるのは「飼育欲」ですね。》
対象の生殺与奪を自分が握っているという感覚。》
ペドフィリアには大きく2タイプあります。13歳以下の子どものみを欲求の対象とする“真正タイプ”のペドフィリアと、成人に対しても欲求を持つ“混合タイプ”のペドフィリアで、数を見ると後者のほうが圧倒的に多い。》

イボナメクジは混合タイプであることを自覚すべきです。
この記事の最後に書かれている「認知の歪み」についてはまさにイボ道場という空間にぴったり当てはまります。
彼らは「相手も痴漢されたいと思っていた」「やっている間に相手も気持ちよくなるんだ」「女性専用車両に乗ってない人は、痴漢されたい人だ」などと本気で思っているわけですよ。でも、これって彼らの勝手な思いこみかというとそうではなくて、ここまで強烈でなくとも、似たような価値観は日本社会の中で流通しているんです。「いやよいやよも好きのうち」とか、「女性が性犯罪に遭うのは落ち度があったからじゃないか」とか。加害者はこういった価値観を、もとはといえば家庭や学校、社会やメディアから学んでいるんですよね。》

道場の連中が私の妻や壇ミッツさんの被害について冷淡でいられるのはまさに道場の中には上にあるような価値観が根強く支持されているからでしょう。


さて続いてはドロヘドロが映画評論家の町山智浩さんに絡んだ件についての後日談を書いておきましょう。

まずはヘドロのその間抜けなブログを読んでみましょう。
何と言いますか…トキウラ流に以上のツイートを翻訳しますと、》《…って、言ってることは、これだけですね。》

皆さん、リンク先のヘドロブログを読みましたか?
読んでどんな感想を抱きましたでしょうか?
私はといいますと、絶句しました。
イボナメクジ直伝のイタコ芸を披露して得意になっているだけの無内容なブログです。

若い皆さんは知らないでしょうが、その昔、テレビのバラエティショーでは恐山のイタコを招いて、過去の偉人を呼び出すというのが鉄板ネタであったのです。
イタコの婆さんに憑依したジェームズ・ディーンはおよそジェームズ・ディーンらしからぬ東北弁でトンチンカンなことを語り始めるのです。
自分の出演作も知らず、共演者の名前さえ思い出せずに、わけのわからないことを口走ることで笑いを取るのです。
李小龍を呼び出しても、シャロン・テートを呼び出しても、肝心なことは何も語らず、聞き手のふざけた質問に合わせて、ズレたことを言って聴衆の笑いを誘うのでした。
かつての恐山のイタコは偉大だなと、ドロヘドロのイタコ芸を見て思いました。
ドロヘドロのイタコ芸はまったく笑えないただのトンチンカンなだけの藁人形論法です。

ドロヘドロは笑いの取れないイタコとして町山智浩さんが憑依したかのように振る舞って、町山さんが言ってもいないことをつらつらと書き連ねていました。
恣意的にそれをしているのならばまだ救いようがありますが、おそらく彼はマジで町山さんがツイートした内容を理解出来ずに、見事な翻訳をしているつもりで得意になっているのでしょう。
おめでたいほどの間抜けです。
しかしドロヘドロはどの口が言うんだということを平然と言ってのけていて呆れます。

《この世は強くなければ生きてはいけず、強くならなければ自分も他人も守れないというのが現実なのですから。》などとイキっていますが、自分は妻であるドルガバいい肉(仮名)を守ったつもりなのですか?
それとも自虐ですか?
自虐自分史観ですか?
苔ナビにいびられ、イボ秘書式波バタ子にシカトされ、イボナメクジにも関心を持たれずに、それでも健気に道場のネット工作員としていたるところに出没しては荒らし行為を繰り返し、遂にはマジモンのアレな人と化した肉ちゃんを守れていない自分を棚に上げて、他人にクンロクくれるなんてマヌケ過ぎますよ。

《いい年こいてすぐ「傷つけられた」と言い出す人と同類です。》などと自分の妻をdisるような発言をするなんて、それはDVじゃないですか?
何故、ドロヘドロはそこまで自らの配偶者であるドルガバいい肉を責めるのでしょうか?

さて、イボナメクジが「弱者のための強者になる」と口では言いながら、やってることは弱者叩きばかりであるのは誰もが知るところです。
真の弱者と弱者権力は違うなどと称して、自己都合のみで勝手にふるいにかけて、自分の意に反する弱者を足蹴にすることを実践しているだけです。
そんな口先だけでゴリッパなことを言う卑怯と卑劣のエセ公論界隈。
口だけで勇ましいことを言って踏ん反り返り、それだけでも迷惑だというのに、その口先だけの勇ましさを周囲にまで強要し、身勝手な自分ルールを押しつけてくるのですからたまりません。


もう一年以上前のことになるのでしょうか、当時まだ幹部門下生であった〆鯖子(仮名)が古参門下生エビチリさんの純真ゆえに空気が読めないところを利用して、私の妻を経由して私にブログを辞めるよう忠告してきました。

エビチリさんは事情をまったく理解しないまま、〆鯖子からの伝言を私の妻に伝えた上で、「イボナメクジ先生は寛大な人で、根に持つ人じゃないからあなた方が今やっていることも辞めさえすれば許して下さるはず」とトンチンカンな説得を妻にしました。

イボへの批判記事を書いている私に恨みを抱いたイボナメクジが私ではなく、私の妻を狙い撃ちして酷いこと中傷してきたというのに、まったく話が噛み合っておらず、妻は困惑しておりました。

何故、こちらが許しを請う立場なのでしょうか?
そもそも5年以上前に門弟を辞めた妻の話題を今になって持ち出してきたイボナメクジの執念深さを見ていながら、「根に持つ人じゃない」とか、なかなかお目にかかれないエクストリーム擁護です。
イボナメクジは以前に自身のブログで、ブログは日記みたいなもので「作品ではない」から自由に書く。それで人が傷つこうが知ったこっちゃない。ギャラも貰ってないのだから無責任に書くといっております。

わしは自由に書く。誤解もあるかもしれない。だが自由に書く。誤解なら勝手に誤解だとツイッターでもブログでも書いといてくれ。わしはツイッターはやってないし、人のブログもあまり見ない。》

ブログくらい無責任に書かせてほしい。タダなんだから!ギャラももらわずに責任あるブログなんて書けるかよ!》

ギャラを貰っていないことはデマを垂れ流して良いという言い訳にはならないこともイボナメクジは分からないようで、ひたすら自分勝手な言い分で自己正当化を図っています。

ですが、また別のブログ記事では、ブログも生放送もすべては自分の「表現」であるとも言っていました。
「作品」と「表現」の違いがよく分からないのですが、「作品ではないが表現活動ではあるからそれを阻むことは許さない。無責任に放言させろ。ギャラをもらってないのだから人を傷つけてもいいやんけ」と言っているのでしょうか?

その「毒」を消せ!「牙」を抜け!という要求には、応じられない。小林よしのりでなくなれ!と言われているに等しい。作品だけでなく、ブログも、生放送も、すべての表現は、小林よしのりのパフォーマンスであり、それを好きかどうかという話に過ぎない。》

自分は表現者だから何を表現しても許されるのだが、世間一般の有象無象は何を表現しても良いわけではないので、これ以上、道場界隈についてのブログは書くなという理屈なのでしょうか?
表現者が何を表現しても許されるのならば百田尚樹のツイッターなどでの差別発言も許されるべきで、はすみとしこのマンガも同じように許さなければならないと道場参加者は主張しなければなりません。
そしてそれらの表現に対して、世間一般の有象無象はそれを批判することは許されないと主張しなければ一貫性がありません。

そもそもイボナメクジは百田やはすみと同類のヘイターであることは間違いないのは以下のリンク先のブログで明らかです。

わしは今まで金慶珠を女性だからと思い、ネトウヨから守ろうと思ってきた。だが、ここまで、わしに敵意をむき出しにしてきたのなら、むしろネトウヨは今後、ガンガン金慶珠をバッシングして構わん。居丈高な知ったかぶりのデマ女・金慶珠を今後は徹底的に標的にしていく。》

自分の意見に反する相手ならば差別を受けても仕方がないし、むしろ差別されるべきだとして、差別者たちへヘイトスピーチをけしかけているのです。
こう書くと、「ユーモアも分からん奴」というお得意の逃げ口上を言うのでしょうが、こんなものはブラックユーモアでもなんでもなく、単なるヘイトスピーチです。
しかしこれも表現者の表現なのだから無批判に受け入れろと道場界隈の連中はいうのでしょう。
本当にイボ道場は害悪です。
公論ではなく公害です。



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