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フェミニストに村を焼かれたイボ師範

イボナメクジはフェミニストに村を焼かれたのか、いつまでもフェミニズムに粘着しています。

フェミニズムの定義は、男性であれ女性であれ、「そう、ジェンダーについては今日だって問題があるよね、だから改善しなきゃね、もっと良くしなきゃ」という人ということだ。この定義なら、まさにわしはフェミニストである。》

このイボ発言は反フェミ界隈あるあるです。
ミソジニストは決まって「自分に女性嫌悪の感情はない。むしろ女好きだし、女性を尊重している」と言います。
それは女性専用車両に反対する会のドクター差別も言っていますし、おそらく皇統男系派の論者もそう言うでしょう。
イボナメクジはその連中と同じことを言っているだけであり、ミソジニストが言う「我こそはフェミニスト」は聞き飽きました。
周回遅れ甚だしいブログを今更あげて、「わしは自称フェミニストより読書量が多い」だの「フェミニストについての思想・イデオロギーの分析は、ほぼ出来ている」だのと厚顔無恥な戯言を得意げに語るのですから痴呆が極まっています。

おそらく次の道場では、田嶋陽子のことにしろ、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのことにしろ、上野千鶴子のことにしろ、石川優実のことにしろ、相手の発言の真意をまったく理解しないで字面だけ切り取って勝手な解釈でマヌケな珍批評をしてみせて、腕組みして踏ん反り返ってニヤニヤするであると予想がつきます。
そうして、そこで一回話しただけでその話題は消費して、別に次の道場テーマに活かされることもなく、数日と経たずに内容は忘れられ、撤回や訂正をすることなく、そこで出された結論もどきのものとは正反対の主張を平然とし出すのでしょう。
それが毎度のパターンです。


インド映画に『パッドマン 5億人の女性を救った男』という作品があります。
その作品はとても社会的に有意義な内容であり、且つエンタテインメントとしても優れているので、以下にパンフレットのイントロダクションの一部を引用させていただきます。

《現在のインド映画は、フェミニズムやジェンダー意識の高まりを反映した作品が増えているとはいえ、まだまだタブーの多いインド社会のこと、性や性差を正面から取り上げた作品は非常に少ない。なかでも、女性の生理はいまだに「穢れ」とみなされているため、映画に登場することはごくごくまれ。そのタブーを破ってインド映画史上初めてナプキンを主役にしたのが本作だ。》
映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』 | オフィシャルサイト| ソニー・ピクチャーズ | DVD 発売


生理用ナプキンを題材にした映画などと聞くと、ただの学習教材ビデオみたいなものをイメージし、退屈なものだろうと高を括ってしまうかもしれませんが、この作品はとにかく最初から最後まで飽きることなく楽しめる作品でありました。
この作品の主人公と対極の考え方を持つのがイボ道場です。
以下にその証拠となるイボナメクジ代表師範のブログのリンクを貼っておきましょう。

朝の関口宏の番組で、男のコメンテーターが被災地の女性のために生理用品を届けるべきだと言っていたが、わしが古いせいなのか、そういうコメントは女に言わせるべきであって、男が言うと気色悪いと感じた。 》

生理に羞恥心を覚える必要はないと、進歩的な女性は言います。けれども女性自身が感じる生理に対する羞恥心や、自己嫌悪感は、教育で生まれるものではありません。生理が始まった瞬間から自然に生まれるのです。》

瀧波ユカリの目に触れたのが、最悪だったですね。瀧波ユカリがヒステリックにわしを批判しまくり、それがきっかけで、小林よしのりに対して「不謹慎狩り」が起こり、「被災地の女性の敵」というレッテルが貼られたわけです。》

当時、イボナメクジは異常にヒートアップしていて、上のリンク以外にもこの話題について毎日何度もブログで触れ、言ってることがコロコロコロコロ変わり、最終的には「生理用品が必需品なんて文明病」などという馬鹿が極まった妄言を吐き捨てるのでした。
まさに逆パッドマンです。

イボナメクジは「女性が生理に対する羞恥心を持つのは当然」と断言します。
まさにこれと同じ因習について「パッドマン」では描かれていました。いやむしろイボナメクジの方が、インドの田舎の因習よりも酷いことを書いています。

《女性自身が感じる生理に対する羞恥心や、自己嫌悪感は、教育で生まれるものではありません。生理が始まった瞬間から自然に生まれるのです。》

生理になる自己を嫌悪する女性がいるという設定も凄いですが、なんと生理に対する恥の概念が本能として備わっていると主張するのです。ほとんどオカルトです。

イボナメクジは荻上チキ氏とは違い、自ら被災地には生理用品が必要であるなどとは言わず、本番前の控え室で共演者の女性に前もって「生理用品については女性が言ってくださいね」と頼むのだそうです。
それ、逆でしょ。共演者の女性にしてみれば、そっちの方がキモいでしょ?

また、イボナメクジは生理中の女性をデートに誘ったら断られたと書いていますが、いやいや生理中でもデートぐらいしますよ。相手にフラレたことを生理のせいにしないで下さい。しかも何度も断られているって、どれだけ嫌われているのでしょうか。

更に酷いのが、《瀧波ユカリがヒステリックにわしを批判しまくり》と書いていますが、瀧波ユカリさんのツイートはまったくヒステリックではありませんでしたし、「しまくり」というほど何度も繰り返し批判しているような事実もありませんでした。こういうのを「デマ」っていうんですよね。

パッドマンの中でもありましたが、生理中の女性にとって一番怖いのは感染症です。清潔なナプキンを使用しないと最悪の事態さえ招きかねません。
今や生理用ナプキンは生命を守るための必需品です。
それを《非常時に生理用品が大事なんて言えるわけない》《一週間くらい、自分で工夫できる》などと震災直後にブログに書くことの害悪はほとんど犯罪です。

それまでもかなりデタラメなことを放言していましたが、この件をキッカケに、さすがにもう彼を支持し、応援することは公害に加担するのと同じであると思った私はイボナメクジの活動を好意的に見ることをやめました。
そのことにつきましては、以下リンク先のアメブロ にも書いています。

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イボナメクジは保身の為に伊藤詩織さんの主張を支持することを表明していますが、従来のイボならば絶対に彼女を批判する側に回っていた筈です。
イボ自身は性犯罪や性暴力、セクシャルハラスメントについて以前持っていた認識を改めたかのようにマンガやブログで書いていますが、ネットの生放送で道場に参加した女性を酷いこと中傷した件や元支持者女性への性暴力についてなど謝罪するわけでも釈明するわけでもなく開き直り、被害の告発についてデマ呼ばわりし、犬笛を吹いて支持者をけしかけセカンドレイプをさせているのですから、実際に以前となんら変わらぬ認識でいるのは明らかです。

私が思うにイボは内心では、痴漢やセクハラ程度のことまでレイプ並みに大騒ぎするせいで重大な性犯罪まで軽く扱われるようになっているのだと、ミソジニストがよく口にすることを得意げに語り、つまりレイプが不起訴になるのはヒステリックなフェミニストのせいでもあると主張したい筈です。
何故なら、実際にブログで「セクハラ・ヒステリーの連中がセクハラを温存する」と書いています。

馬鹿なセクハラ・ヒステリーの女どもは、男がセクハラを止めればいいだけだと吠えるのみ。》
なんでセクハラ被害者が会社を辞めねばならないのだと言うが、所属する会社が「セクハラ誘発システム」を改善しないのならば辞めて戦うしかないではないか!》

イボは自分の直感とやらを絶対視しているのか、自分の興味のないことや自分に都合が悪いことは一切勉強しようとはしません。
そうして学ぶことをしないくせに口を挟んでくるのだから最悪です。
まるで知識もないくせに知ったかぶりして口を出し、間違いを指摘されると烈火の如く怒り出し、場を荒らすだけ荒らして、あとは知らん顔して遁走するのです。

イボは「痴漢は違法行為だが、セクハラは不道徳にすぎない」という独自の見解を示して、セクハラにはグラデーションがあり、許容出来るセクハラもあるという超論理を打ち立てます。
「セクハラ」と「痴漢」は同等の性犯罪ではない。痴漢は「違法行為」であり犯罪だが、セクハラは「不道徳」である。》
セクハラには許容度において、グラデーションがあり、ホステス気質の女性なら上手にいなせる》
セクハラとパワハラは違う。パワハラは権力を背景に行う。》

もはやセクシャルハラスメントという言葉の意味さえ理解出来ないようです。
お互い同意のもとでエロを楽しむことはハラスメントとは言いません。
痴漢とセクシャルハラスメントは言葉の意味は同じであり、そして共に性暴力を指す言葉です。
イボナメクジにとって、セクハラが性暴力であるという事実は相当に都合が悪いのでしょう。

ところで、伊藤詩織さんは韓国で元慰安婦の女性の話を聞いたりする活動をしていますが、それについてイボナメクジはほぼスルーしています。
「詩織さんが遭われた被害を考えたら、そのような活動をしてしまう気持ちも分からないではない」などと前置きし、それにつけこんだ左翼活動家に利用されているのだと断定し、極左フェミニズム団体を許してはならないとでも言うつもりなのでしょうか?
それはつまり伊藤詩織さんにはジャーナリストとしての主体性がないということになり、それは相当の侮辱であることを理解しましょう。
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さて、元TBSの記者でワシントン支局長であった山口敬之についてイボスタッフのドロヘドロがブログ記事にて批判をしていました。

筆者・Yが明らかにデマを書いているのを発見したので、これは指摘しておかなければなりません。》

山口の手記にデマがあったとして、その手記の一部を引用しています。
手記の中に、こんな部分があります。

 〈さらに小林氏は、私の訴訟提起について、ブログで恫喝まがいのコメン卜を繰り返している。

「何が起こったかは、そのうち情報公開するが、小林よしのりをなめていると、どんな目に遭うか思い知らせてやらねばなるまい」

「敵を粛々と罠に嵌め、巧妙に潰すことも可能だと思う。明文化されたルールを意識しても仕方がない。(中略)大人の戦いか如何なるものか、じっくりお見せしよう」
「死ぬときゃ死ぬし、こちらも殺すときゃ殺す」
「思い知らせる」「嵌め、潰す」「殺す」。私は、こうしたヤクザまがいの強い言葉に、文字どおり生命の危険を感じると同時に、小林氏の精神状態も心配になった。〉

Yは、よしりん先生の3本のブログを引用しています。》

ドロヘドロが言うにはTBSの政治部記者でワシントン支局長だった山口敬之が手記の中で明らかなデマを書いているというのです。
なるほど、デマを流布するのはイボナメクジ先生の専売特許であるというのに、そのイボ先生の許可なくデマを流すなんて許すわけにはいかないですね!

ではその3本のブログを見てみましょう。

「SAPIO」編集部には感心した

何が起こったかは、そのうち情報公開するが、小林よしのりをなめていると、どんな目に遭うか思い知らせてやらねばなるまい。》

山口の野郎は偉大なるイボ先生が「何が起こったかは、そのうち情報公開するが、小林よしのりをなめていると、どんな目に遭うか思い知らせてやらねばなるまい」と脅したなどと書いているらしいですが、これについてドロヘドロは《断固戦う意志を示したまでのこと》と山口に対して書いたことだとあっさり認めています。
「戦う意志を示しただけ」と言いますが、「どんな目に遭うか思い知らせてやらねばなるまい」って、一般社会では単なる脅し文句ですよーっ!

一年前はヤングだった

今はもう大人だ。敵を粛々と罠に嵌め、巧妙に潰すことも可能だと思う。明文化されたルールを意識しても仕方がない。(中略)大人の戦いか如何なるものか、じっくりお見せしよう》という発言について、ドロヘドロは山口敬之について文中では全く触れていないから山口の件とは関係なく、ただの一般論だと逃げを打ちますが、件のブログで山口に触れていないといっても、言論というのは前後の流れも含めて語るべきものでしょう。

イボが女性への性暴力に対して非難するブログを一本アップしたからといってフェミニズムに目覚めたと捉える人はいないでしょう。
それと同じことです。
前後の文脈を踏まえた上で読めば、「大人の戦い」とは山口との訴訟を意識したものであると考えるのは普通のことです。
山口自身がそう感じたのは宜なるかなです。

やれやれのことよ

今や右からも左からも殺害予告が出てくる状態で、恐がってたら何もできない。死ぬときゃ死ぬし、こちらも殺すときゃ殺す。そう構えなければしょうがないだろう。》

さて、ドロヘドロがもっとも問題としている「死ぬときゃ死ぬし、こちらも殺すときゃ殺す」発言ですが、確かにこれは山口に対して書いたことではありません。
しかしデマをデッチ上げているというのは言い過ぎでしょう。せいぜいが臆病にもビビり過ぎて被害者意識を肥大化させて勘違いしているという程度のことです。
デマとは、言ってもいないことややってもいないことを言ったかのように、やったかのように吹聴することを指します。
イボナメクジが私の妻に対してやったことをデマと呼ぶのです。
山口のそれは単なる勘違いです。
何しろ、イボナメクジは現に「死ぬときゃ死ぬし、こちらも殺すときゃ殺す」という文言をブログに記しているのはその通りなのですから。
それにしても「殺すときゃ殺す」を《命がけで言論をやっているという覚悟を書いたもの》というのは無理があるでしょう。
こういうのを指してエクストリーム擁護、アクロバティック擁護というのでしょうね。

ドロヘドロもイボの脊髄反射ブログのフォローをしたり、イボ名義でライジングの記事を書いたり、ライジングコメント欄に投稿される反論を無言削除したりと大忙しで、とても一人じゃこなせないから、ドルガバいい肉に協力を求めて夫婦の共同作業としてネットで工作活動するのも仕方がないことです。

しかし、そんな犯罪まがいのことを仕事にしているのは恥ずかしいと自覚すべきだと思います。

ドロヘドロはやたらと「名誉毀損」だの「デマ」だのと論敵に対して印象操作ばかりして、真っ向から議論をすることを避けていますが、最もデマを流して名誉毀損をし続けているのはイボナメクジであることもそろそろ自覚して欲しいものです。


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