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「イヤだ」という女性を観念させる。

イボナメクジは男と女が二人きりになったら、女は観念して男に抱かれるのが当然であるというという価値観を持っています。
「観念する」というのは恋愛感情ではありえない心情です。
諦めであり絶望の末にあるのが「観念する」という態度です。
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元門弟の壇ミッツさん(仮名)がイボナメクジから受けた被害について、私がブログで取り上げることについて、「本当に彼女のことを思っているのならば、わざわざ表沙汰にして騒ぐべきではない。イボ叩きの為に利用しているだけだ」と非難する向きがありますが、それは被害者の意思を無視した考え方です。

確かに彼女の被害について他人である私がブログで取り上げることが果たして正しい事なのかと悩みはしました。
当時のことを蒸し返すことで壇ミッツさんが負った傷口に塩を塗り、広げるようなことになりはしないかと躊躇しましたが、そこで私が声をあげなければ、彼女が体を震わせながら勇気を振り絞って私たちに事実を伝えてくれたものを無視する形になります。
ここで黙るということは「犬に噛まれたと思って忘れなさい」と言ってしまうのと同じです。

もし、私が彼女が受けた被害についてブログに書いていなければ、この事実は表沙汰になることはなかったでしょう。
それはつまり壇ミッツさんがその苦しみを一人で抱え込み続けていたことを意味します。
黙っていれば時間が解決してくれるなどという考えほど残酷な仕打ちはありません。

壇ミッツさんが私たちにそのことを告白した時に言っていましたが、「私は自分の意思で受け入れたことですから被害者ぶるつもりはありません」と仰っていて、私は事の根深さを実感しました。
それに対して私はその場で彼女に「いいえ、あなたは被害者です」とは言いませんでした。
何故なら、それを伝えることで彼女の精神のバランスが崩れる恐れがあったからです。
壇ミッツさんが自分の意思でしたことだと思い込むことでどうにか精神を安定させているとしたら、その支えをいきなり取っ払うわけにはいきません。
だから他人である私が彼女の受けた被害についてブログで明らかにすることで、彼女自身が事態を客観視して、明らかに意思が奪われている状態であったことに気づいてもらう方法をとりました。

性被害の事実について声をあげるという行為は加害者を告発するというだけではなく、その痛みを人に伝えることで共有し、理解してもらうことで癒しにもなるのです。
それは性被害に限ったことではなく、どのような苦しみでも自分の中にしまい込んだままにしていては精神が病むものでしょう。
互助というものが痛みを和らげる一つの手立てとなるのです。
無論、このように声をあげると、次のような非道なことを言う者が出て、更に傷が抉られるおそれもあります。

今主張していることも自意識過剰と逆恨みからの妄想だろうと判断せざるを得ません。
ツイッターによれば、フラワーデモで「とある漫画家に性行為を求められた」と「告発」したそうです。
ツイッターで後から「これは小林よしのりのことです」と書いてますが、被害自体が妄想だから、さすがにリアルな現場では言えなかったのでしょう。
しかしこういうことをするとなると、フラワーデモ自体が、デマカセでも何でもありの場なのかと思ってしまうからやめて欲しいです。

このような発言はセカンドレイプであるとして責められるべきであり、その発言者に対して毅然とした態度で非難する必要があります。
そのことが被害者の尊厳を守ることになるのです。

以上のことから、私はこれからもイボナメクジの加害行為について何度でも繰り返し言及してゆきます。




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