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お客様は神様です

初代道場全国推進隊長カリィ紅衛兵が運営しているファンサイトの閲覧者が激減しているようですので、優しい私がPV数のV字回復のお手伝いをしてあげるべく、サイトの記事について取り上げてみたいと存じます。

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ファンサイトではカリィ紅衛兵がファンサイトの住人とイボの珍コロ漫画について駄弁っているのですが、そのなかでカリィ紅衛兵は次の発言をしました。

ゴー宣道場の会場が「マスクなしでは貸さない」という態度を取った話。私はこれは憲法違反だと思いました。憲法21条には「集会の自由」があります。「会議室を貸す商売」をする以上、憲法21条の集会の自由は胸に刻んでおかなければならないし、それはプロの矜持にしておかなければならないです。

会場側が問題視したのは、会場側からの要請を表向きは受け入れ、「感染症対策を万全にする」と言っておきながら、クローズドなところで「見せかけだけ従っているふりをして要請なんてコッソリ破っちまおうぜ」と呼びかけていたことです。
カリィ紅衛兵はそんな厄介な客も「お客様は神様です」として受け入れなければならないとでもいうのでしょうか。

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このような悪質な客には断乎たる態度で臨むのが商売人の矜持というものでしょう。
イボマンガでは自分たちの悪質な計画を隠蔽し、あくまで一方的に人事労務会館に会場使用を断られたと被害者ヅラした上で、キャンセルさせられたんだから使用料を返還しろとゴネたことを臆面もなく描いていたわけで、なかなかにタチの悪いクレーマーです。
おそらくイボナメクジはこれまでもこのような事を繰り返し、あの年齢になるまでやってきたのでしょう。

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客であることを笠に着て、店員を威圧する厄介客、それがイボナメクジであり、イボ道場であることがよく分かりました。

以前にファミリーレストランで働いていた妻から聞いた話ですが、迷惑行為を繰り返していた客にお帰りいただくようお願いしたところ、「自分は金を払う客なのだから店員に命令される筋合いはない。客を追い出すのは法律違反だ」などと言われた経験が何度かあるそうです。
まさにカリィ紅衛兵の主張と同じであり、これがイボナメクジの言う公論ということです。
まったく大層な公論です。

その浮世離れした公論について、私は個人ブログでひっそりと批判の声を挙げていたわけですが、イボシンパがライジングコメント欄で私のブログ記事についてストーカーの名誉毀損であると書き立てていました。

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一体、当時の私はブログにて、どんな名誉毀損な侮辱をしているのか気になりましたので、以下にその一部を改訂して転載してみます。

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人は自分の現場の都合の悪い部分には口を堅く閉ざし、対外的には当たり障りのない標語のようなことだけを報告しがち。

自分たちの主張に都合の良い現場からの報告だけを受け入れて、都合の悪い意見は一顧だにしないのではないかという疑問。

「ネットに依存して自分を嵩上げしてしまわぬように実生活を楽しみ、映画や読書に親しんで、ゆとりを持って社会に向き合う」

そのような凡庸な意見をただ表明していただけ。


ネット空間に嵌り込んだ者は簡便にネットの情報を仕入れることで物事を分かったつもりになって実感を伴わぬ全能感に酔い痴れ、居丈高に誰彼構わず因縁を吹っかけるネット内チンピラとなり、議論もどきを仕掛けて他人をやり込めた気になったり、社会的弱者を迫害して追い詰めたりすることで実生活のショボイ自分の憂さを晴らしている。

ネット空間と実生活を溶解させてしまった人は便利さや気楽さに溺れて、一つ一つ努力や労力を費やして積み上げてゆく信頼や信用を五感で感じ取ることが出来ず、液晶に浮かぶ文言を鵜呑みにし、信頼と信用さえも金で買えるものであると錯誤して、銭さえ支払えば見知らぬ誰であろうと信頼出来るものであると錯覚してしまう。


揚げ足取り野郎を滅ぼしたい

ネット空間は味噌も糞も同じ桶に混ぜ込んでいるようなものだから、ちゃんと見極めて味噌を掬ったつもりでも必ず糞がブレンドされているに違いない。

ネットと上手に付き合っていると言いながら、糞汁を啜って、美味い美味いと唸っているのがネット食通なのだと思う。

ネット空間をさまよい、ネットの向こう側にいる生身の人間を見ず、生身の人間関係を築くことをせず、上辺の会話、空疎な議論を交わしたところで、人間としての深みなど備わるわけがない。

本質的なことを語ろうとしても、末梢的なことで揚げ足を取ろうと躍起になるのがネット空間という荒野。

自分の行動を正しいことだと信じて疑わぬ者は実は単に自尊心を守っているだけに過ぎなかったりする。

何かの為に行動しているように見せかけてはいるが、ただ自分が心地良く酔い痴れたいだけだったりする。

頑なに自分の主張を押し通し、あらゆる手段を講じて自らを正当化し、自分を手放しで賛美する者の声だけを聞き入れ、批判や非難の声に耳を貸すことはなく、手前勝手な正義に邁進する。


嫉妬野郎を滅ぼしたい

一般社会で通用する言葉も持たず、一般常識から掛け離れた理屈を述べていても多くの人は聞く耳を持ってはくれない。

「日本で唯一の優れた言論の場」であると公言している場所が醜い選民意識で溢れ返っている。

自分が信じて疑わぬ正当性に酔い痴れ、勝てると見定めた相手を難詰して言い負かす事を至上目的とし、空疎な自分の心の隙間を埋める憐れな人に堕しちまわぬようあらねばならぬ。

そのような憐れな人の言葉はどんなに理屈を並べ立てても、実体がなく、切実さもなく、実感も伴っていないから全然心に響かぬ魂のない空っぽな言葉の羅列に過ぎない。

学園生活でも仕事でも充実感・充足感を得られず、外で遊んでみても虚無感に襲われ、自宅に帰ってネットと向き合っている時だけ自分を解放し、充実した平凡を生きる人々に嫉妬して、自分はそんな凡庸な連中とは違うんだと、実生活で唯一話を聞いてくれるママに怒鳴り、ネット空間で見ず知らずの誰かとチャットして、自分を嵩上げするのはやめよう。


逆上野郎を滅ぼしたい

私自身も「さすがにこんな奴はいねぇよ」と思いながらも、いわゆるネトウヨやネット民と呼ばれている人間について雑にカリカチュアライズしてみたら、そのありえぬ定型ネット民像がまさかの図星を突く形になっていて、罵詈雑言を私に対して投げつけてくる男がいて、「まさか、こんな絵に描いたような人がマジでいるんだ」とカリカチュアライズした当の本人があっけにとられた。

男は見るも無惨な荒れ狂いようで、私の実名を晒し上げながら悪罵の限りを尽くしてきた。

まともに機能しているコミュニティならば、この男の投稿を削除した上で退会処分を下すと思うのだが、「日本で唯一の優れた議論の場」を提供している運営は男を野放しにした。

まったくもって「日本で唯一の優れた」運営である。

日常生活の中の人間関係に向き合えず、頑なに自分の正義をゴリ押しする人って気持ちに余裕がなく、自分の思う通りに事が運ばなかったり、図星を突かれたりするとすぐに逆上し、罵詈雑言を吐きながら手斧を振り回したりするからヤバイ。


スルースキル野郎を滅ぼしたい

「ははっ、そこは君、スルースキルというやつだよ。頭のおかしげな輩を相手にしてはいけないよ。そんな輩は放置プレイと洒落込もうじゃないか、あっはっはっ」などと余裕ぶっカマす態度だけはとりたくはない。

明らかに異常な発言を吐き散らかす者を放置して知らぬ顔をしてみせるのが道徳的態度と言ったり、ヘイトスピーチをしている連中に対峙して批判する者を見て、「当事者でもないのに怒って、反発するなんて超冷めるんだよね~」と冷静な第三者を気取ってみたり、自分には関係のないことに怒りを露わにするのはブザマだと嗤ったりすることが場を乱さぬ公共のマナーであるかのように嘯く風潮を嫌悪する。

自分が帰属した小さな世間の空気に馴染むのに躍起となり、その世間で認められることを目的として行動してしまった時に人は真理を求めて思想をするということを放棄してしまうのではないのか。

世間に同調せず、さりとて世間から遊離するでもなく、自らに依って立つ努力をしないといけないのではないのか。

「身を修め現場で闘う覚悟を持つ」と謳っている場所に参加していた時、「荒らしや挑発に乗る奴は馬鹿。そんなものはスルーするにしくはない」と何度か諌められたが、そのことを言っていた当の本人が、近年では、いわゆる「煽り耐性」といわれているものが皆無となり、それどころか、荒らしや挑発に当たらないような反論や異議に対しても荒らしであると認定し、論理もへったくれもない罵詈雑言を飛ばし始めている現状。

やはり信仰に走ることなく、物事を疑ってかかる偏屈者であり続け、虚偽や欺瞞を撃ち抜く気概を持つことが大切。


カルト野郎を滅ぼしたい

意識高い系を気取って、周りを睥睨して、「俺様だけが本質を見抜いている。俺様だけが本物を知っている」などと思っても詮無い。

孤独を恐れて、素性の知れぬ者を相手に心の隙間を埋めるのは滑稽だが、雑談をする相手ぐらいは作るべきである。

内省だけして満足して、他人と会話も交わさずに、自室にこもって書物を読み耽りて孤高を気取るは阿呆陀羅。

極端な主義主張を掲げている集団は議論を許さず、自分らが盲信している正義を絶対視し、疑義を呈した者を口汚く罵り、吊るし上げ、ギロチンにかける。

この世には正しい人と間違った人がいるわけではなく、一人の人間の中に正しさも間違いも内包されている。善人と悪人がはっきりと別れて存在しているわけではない。


嘲笑野郎を滅ぼしたい

互いの意見が対立した問題について、相手側が真剣な態度で疑義を呈しているのに対して、ひたすらに茶化して、舌を出して屁をかませば、自分が優位に立っていると思い込める幼稚さは目も当てられない。

自分の主張を手放しで「いいね!」と首肯してくれる奴に対しては、どんな腐れた差別主義者だろうが両手を広げて迎え入れ、少しでも意見が違う人に対しては敵意を剥き出しにして嘲りながら信用ならない者であるかのように印象操作して言葉を奪う。

一方で「発表された作品を読まずに批判するな」と言いながら、しっかり熟読した上で疑問点を指摘してくる者に対して「やれやれ読解力のないストーカーが粘着してきて困ったもんだ」と言って嘲笑し、犬笛を吹いて支持者をけしかけるさまを見た時は唖然とした。

疑義を呈する側が間違っているか正しいかは第三者が判断すれば良い筈だ。

それを議論をする前段階で相手を嘲りながら犬笛を吹くという呆れた態度をとったのだから最低だ。


放言野郎を滅ぼしたい

やはり公に向かって何かを発信する時は「裏付け」と「裏打ち」が大切だ。

それもなく、感性や第六感だけを頼りに軽々に言葉を発するのは愚の骨頂だとつくづく思う。

言葉が人を救うこともあるが、言葉は凶器にもなる。

むしろ凶器になる可能性の方が大きいからこそ言葉は丁寧に扱いたい。

適当な思い込みで物事を断定して、公に向かって断言するのは往来で凶器を振り回しているのと同じなのだから気をつけていきたい。


つながり野郎を滅ぼしたい

私はかつて「身を修め現場で戦う覚悟を作る日本で唯一の優れた言論の場」に参加したことがあることを激しく恥じた。

「日本の最高峰の言論の砦」とやらに蝟集する連中がことごとく常軌を逸した言動をとっている現実を目の当たりにして、そんなものに参加した経験があるかとを記憶から抹消したくなるほど後悔している。

職場では受け入れられない自分なりの社会正義を自由闊達におめく快感たるや、絵にも描けない心地良さなのだろう。

職場や学校や地域では聞き入れて貰えない正しい自分の本音を受け入れてくれるのが「公論を創る」と謳っているセミナーであり、そこで本当の自分を受け入れてくれるつながりを見つけた彼彼女らは集い、あたかも自分たちが世界の中心にでもなったかのように社会正義を叫ぶ。

そんな空間に少しでも身を置いていたこと恥じ、悔いているからこそ、悔い改めた証明としてブログにして記録を残す。


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『極楽大将生活賛歌』
『ヒトコイシクテ、アイヲモトメテ』

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